
2025/11/05
私の名前は松下菜々子。深川門前仲町で久寿乃葉という小料理屋を営む。未婚、子なし。恋人募集中。
世間の皆さんあるいはお店の常連のお客様同様、将来に不安を感じている。砂浜の真砂が尽きないように、私の老後不安にも底がない。同年代の客も同様と見えて、カウンター席でも座敷席でも、その種の会話が多いように見受ける。客の話に合わせるのは接待の基本。菜々子も、新聞、テレビ、図書館で、その種の勉強に怠りはない。
良性外国人と悪性外国人
先般の参院選で俄然論点に上がったのが外国人問題。とにかく数の増え方が尋常ではない。2023年だけで34万人増加して340万人になっている。新規入国者は若くて出産適齢期にあると考えてよいから、自分たちと同じ数の子どもを産むと仮定すると、年間増加数は2倍ペースで考えなければならない。これに対し日本人の出生数は年間70万人を割り込み、さらに減る見通しだ。この傾向が持続すると…。
「寿命の関係で構成員がほぼ入れ替わる80年先を見通せば、外国人が日本人を上回るのが確実ではないか!」。素っ頓狂な声を挙げたAさん。かつて週刊誌の敏腕記者としてスクープを連発したとかで、社会問題には反射的に食らいつく。
「日本列島は日本人だけのものではないと宣言して国民から総スカンをくらった元総理大臣がいるが、その慧眼を再評価すべきかもしれないね」。これは皮肉では右に出る者はない(と菜々子が密かに認定している)Tさん。元銀行員で今は大学の特任教授。
外国人への生活保護
この二人が久寿乃葉で仲良く酒を飲む。議論が嵩じても怒鳴り合いにならない。二人のケミストリー(相性)もあるが、菜々子の裁きの功績が大であると思うのだが、当人たちがどう思っているかは知るところではない。
Aさんが微妙な話題を持ち出した。「国民福祉の基盤に生活保護がある。外国人への生活保護は憲法の要請するところではないと最高裁が判断したにもかかわらず、厚労大臣は給付を止めないと国会で答弁した。司法判断軽視は三権分立の国民主権の原理に反すると自分は思うのだがね」と、酒席にはいささか重い球を投げ込んだ。
甲論には乙論で反駁するのが習い性なのか、Tさんがただちに異論を展開する。
「最高裁は外国人への生活保護が禁じられるとまでは言っていない。国や自治体の裁量分野との立場だったはずだ。ただし行政府の一部局長通達を根拠に何百億円もの巨費を投じ続けることが憲法の国民主権原理に照らして妥当なのか。給付するなら生活保護法にその旨の根拠を書き入れるよう、国会に働きかけるべきだよ。法に根拠がない政府出費は違法というのが、議会中心民主主義の根幹だと思うぜ」
あれっ、言っている内容が、完全な対立ではなく、方向がかなり似て聞こえる。行司役の菜々子に気兼ねして、二人とも時間内(閉店時間前)の収拾を心がけているのかしらん? 丁々発止の方がお酒の消費量が増えていいのだけどな。
排外主義と国民国家との兼ね合い
「外国人と言っても国内に住んでいるのよ。あなたの隣人かもしれない。その人が生活に困っている。なのに国籍がない人は給付の対象外というのは偏狭な『排外主義』ではないかしら?先ほど、将来は国内人口の過半数が外国籍者になるとの計算があったけれど、そうなればなおのこと国籍にこだわった政策は取り難くなるわよ」
Aさん、Tさんが揃って手を挙げた。まずAさんを指名する。
「その可能性は高い。俺たちの方が人数は多いのに選挙権がないのは不当だなどと多数派になった外国人が騒ぎ出せば国内は大混乱になる」
「その通りだ。そもそも近代国家の国民主権とは、国民に政治権力がある。その国民とはだれかの定義として『国籍要件』がある。そして現代の国際環境では、国民国家同士は対等であり、かつ競合や紛争を避けられないのだから、各国民が忠誠を誓う国家は一つのはず。二重国籍は原則あり得ない」とTさん。
「『外国人参政権』は倫理矛盾。それを認めることはその対象者に国籍を与えることであり、それは自動的にそれまでの国籍を放棄させることでなければならない。そうなれば国内に外国人は基本的にいなくなり、外国人問題は法的に解決される」と再度、Aさん。
国内居住者の分類
あらら、意見が同調しちゃっているよ。菜々子対AさんとTさんの連合軍。想定外の事態になってきた。焦点を変えなきゃ。
「国内居住外国人を機能的に分類し直したほうがいいと思うわ」と菜々子。永住者と期限付き滞在許可者がいるのだけれど、わが国の国民主権原理が深刻な影響を受けないように節度ある外国人受け入れ策が必要だ。自公政権が参院選の渦中に『外国人管理の司令塔』を作ったが、遅ればせながら国民の不安の大きさに気付いたのであろう。
「居住資格は自国民との類似性の遠近で再分類すべきだわ」
滞在目的に合致する限りでの在留資格
早速、Aさんが乗ってきた。
「産業界が関心あるのは労働力としての外国人。端的に言えば『出稼ぎ者』だ。雇用関係が終了したら「直ちに出国」の規則を遵守させるに限る。トンズラした行方不明者は徹底捜索して強制送還。費用いっさいを元雇用先やかくまった者に請求する。出稼ぎ先の勤務期間を超えての福祉措置などあり得ない。つまり生活保護はあり得ないわけだ」
「『子どもができたので残留を認めよ』などとならないように、在留期限内は子を作らない誓約などを法定条件とすることも、シンガポールなど出稼ぎ外国人を多く受け入れている国では実施されている」とTさん。
福祉目的入国者
生活保護と並んで国民の不満が高まっているのは、社会保険制度へのタダ乗り疑惑だ。高額手術などが必要な外国人が、留学その他の名目で在留許可を得るや国民健康保険の費用で入院する。あるいは将来の半額年金の権利を得るために、国民年金に加入して保険料免除を申し立てる。
『皆保険・皆年金』がわが国社会保障の特色だが、その基盤は『国民間での相互扶助(ⅰ)』。そしてその根底にあるのは国民主権を支える同胞意識だ。期限付きでいずれ母国に帰る予定の外国人との間ではこの関係を擬制することは難しい。菜々子の疑問に二人は頷いた。いずれ母国に帰るという点では留学生も基本的に同じだろう。
ビジネス目的入国者
経済活動の国際化で、他国に出かけて商売を始める者が増えている。日本人も出かけるし、外国人も流入する。こうした者の中には一旗揚げて利益を抱えて母国に凱旋するつもりの者と、商売の地盤を作ってこの地で子々孫々に継承したい者がいるだろう。このうち前者については同胞に準ずる者とするのは気が引ける。社会保障での国籍者との同等扱いは、国民の間に不満を持つ者が増えて、国民間の分断要因になりかねない。
Tさんが手を挙げ追加提案をした。
「外国の富裕者が投資目的で都心部のハイグレードマンションを買い占めて住宅価格が高騰、自国民が家を買えない事態になっている。同様の問題が起きている国では、相互主義その他の原理を用いて、特定国籍外国人による不動産購入を禁止するなどしている」
すかさずAさんが「自分もそう思う」と賛同した上で付言した。
「外国人の入国規制、行動規制は独立国家の自衛活動であることを、内外人平等議論の前提に置くべきなのだ」
その点に関しては、国内で犯罪行為をした外国人への対応にも毅然さが必要だろう。自国民であれば微罪は不起訴放免もあり得ようが、外国人では滞在許可に「不法行為をしない」が包含されているはず。よって原則、直ちに滞在許可取消処分にすべきだろう。帰国費用がないから出国できないと主張する者への対応はとAさんが聞く。菜々子は「入国時に一律にデポジットを徴収し、保険的に費用に充てればよい」と答えたのだけれど、二人の反応はイマイチ緩慢だった。菜々子はさらに日本社会に仇をなす者、広範な意味でのスパイ行為目的、ある闇社会への加入意図で入国する者への対応が必要だと問題提起したかったが、閉店時間を伸ばすのもシャクだから口の中に押し込めた。
国民と同視し得る外国人とは
外国人から日本人に切り替われる制度がある。それが『帰化』であるとAさんが解説を始めた。日本が好きでたまらない人、あるいは母国を政治的理由で追い出され客観的に日本でしか安全が保てないと判断される政治難民、さらには日本国民と結婚して国内で家族基盤を作っている者などで、帰化の意思が強固な者は社会保障の面で国民とできるだけ同等に扱うことで、社会は賛同するのではないかと。これにはTさんが、「ただし参政権は帰化が成就するまでお預けだろう」とコメントした(ⅱ)。菜々子は異論なし。アメリカなどでは帰化は愛国心を確認するなど難しい試験があるという。一旦緩急あれば、生まれ育った国と干戈を交えるのだから当然の要請だろう。
冒頭に戻って、外国人の割合が5%を超えるようだと国家危急の一大問題との認識で一致(ⅲ )したところで、キリよく閉店を宣言した。
ⅰ 例えば国民年金法1条は「憲法二十五条二項に規定する理念に基き…国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止」すると明記している。
ⅱ Tさんは選挙権と被選挙権を分け、後者については「帰化した人の直系3代目の子孫から」と留保した。
ⅲ 日本人の出生数を反転倍増させることが、これらの外国人問題の一番の解決策であることを忘れてはならない。
(月刊『時評』2025年10月号掲載)