
2026/05/04
私の名前は松下菜々子。深川門前仲町で久寿乃葉という小料理屋を営む。未婚、子なし。恋人募集中。
世間の皆さんあるいはお店の常連のお客様同様、将来に不安を感じている。砂浜の真砂が尽きないように、私の老後不安にも底がない。同年代の客も同様と見えて、カウンター席でも座敷席でも、その種の会話が多いように見受ける。客の話に合わせるのは接待の基本。菜々子も、新聞、テレビ、図書館で、その種の勉強に怠りはない。
みんなで政治談議 民主主義が目覚めた?
「東風吹かば 匂ひをこせよ 梅の花……♪♪♪」
昼間は4月を思わせる上天気だった。公園を散歩すると上品な梅の香。梅で日本人が思い出すのが上記の和歌。衰運の専制帝国に媚を売る必要なしとして遣唐使を廃止した愛国者菅原道真が、讒言で流された大宰府で詠んだ。彼の命日は2月25日(旧暦)。
ただしこの時期は三寒四温。思わぬ大雪に見舞われる年もある。例えば昭和11年の2月下旬は降雪で白一色。その中で、政府中枢の要人を殺害するクーデターもどき(2・26事件)が起きた。季節と政治激震は関連するのかどうか。
この日の久寿乃葉は真冬の総選挙の話題で一色。カウンター席もお座敷もない。政治向きの話は内々でのみ口にする。そんなタブーが吹き飛び、口々に総選挙の分析やこれからの国の在り方について、大声で論じている。古代ギリシアのアゴラの丘はこうだったかと思える。菜々子は観察者。あちらこちらから言葉が飛び交うから、さすがの菜々子も発言主を特定記憶できない。大まかな論点ごとに要旨を「」で列挙する。
国民の意思が問われた
国民が驚いたのは、選挙の結果。自民党が316議席を確保して、単独で総議席465の3分の2(維新を含めた与党では4分の3)を超えた。ある意味異常事態である。選挙にめっぽう強かった安倍総理時代の各選挙でも300には届いていなかった。その後は259(岸田内閣)、191(石破内閣)と議席を減らし、連立与党の公明議席を加えても過半数割れ。
「選挙公示前の大手マスコミ論調はおおむね〝自民苦戦〟だった。自民党の退潮を所与として政界再編を説く向きもあったが、ネットでの民意はこれとは真逆だった。マスコミが不勉強なのか、それとも意図しての情報操作報道だったのか」
「前総理の石破さんが選挙直後に『こんなに自民党に議席が与えられた意味を考えねばならない』と言っていた。意味深長だ。自分のときの大敗北から百議席以上増えたのだから、自らの失敗を恥じて議員辞職するのかと思ったら、このご託宣だ。自民党を分裂させることで〝二大政党〟を作るべきとでも考えているのではないか」
「たしかに一理ある考えだ。ただし民意が高市総理を支持したことを考えれば、石破さんにくっついて新党に参加する者が三桁になるかどうか」
立憲民主党の壊滅が意味すること
今回の政局の発端は、自民党総裁が石破さんから高市さんに代わったこと。特徴的だったのが、末端自民党員と所属議員との意識のズレ。石破さんと高市さんが激突した前回総裁選では、党員は高市支持だったのに国会議員が石破さんを勝たせた。それが裏目に出て総選挙でのまさかの過半数割れ。石破退陣で行われた昨年秋の総裁選では、国会議員も党員が支持する高市さんを否定することができなかった。そうすると今回衆院選で結党以来の大勝利。政党は党員の意思で運営されるとの民主主義社会の基本原則が実証された。
「これに対し、悲哀の限りを尽くしたのが二大政党の一翼を自認してきた立憲民主党。2017年に結党し、55、96、148と順調に議席を伸ばして来たのに、今回総選挙ではわずか49に激減した。小選挙区に限定すればたったの7議席。その原因分析はいかに?」
「本当の議席数は21のはず。と言うのは49のうち28は公明党出身者だからだ。公明党は高市自民党とは付き合えないとして絶縁状を突き付けて政権離脱。その後、立憲民主党に合流して中革連(中道)を立ち上げた。立憲民主党側は前回選挙の獲得議席である立憲148に公明24を足せば、相乗効果もあって優に200は固いと見込んだのだろうが、有権者をなめている。理屈(算数)で社会を動かせると考えるのが共産主義者や社会主義者の通弊だが、その失敗の好例だったね」
「かつて民主党政権時代に閣僚を務めた大物議員もバタバタ討ち死にした。民主主義社会では民意が基本であることを踏まえていないとこういう結果になる。この点、公明党はしたたかだった。前回の24より増えたから結果オーライとも言える」
「自民党も教訓になっただろうね。政権運営のための連立はあり得るが、選挙で相互に票を譲り合うなど党員や支持者への冒涜。公明党との選挙協力がなくなってすっきりしたとの声が多く、それも大勝につながった」
争点はズバリ、これに尽きた
ところで今回は真冬の選挙になった。投票日は猛烈な寒波と大雪。投票行動にも影響したに違いない。そもそもなぜ衆院解散になったのか。実はこれはかねて一般国民が疑問に思っているところである。
「なぜわざわざ翌年度予算審議の重要な時期に衆院選挙をするのか。選任された新人議員にいきなり重要国策を議論させるのは民主主義つぶしの策謀かの声もあるようだ」
「解散理由で高市さんが挙げたのは『未曽有の危機にありながら議論が割れている重要国策の方向付けを自分(高市)にさせてもらいたい』という一点。政治の玄人筋からは、独断、専横などの罵声もあったが、有権者は、『総理の言い分は分かる』と理解した。そういう選挙だったと総括できるんじゃないか」
「民主主義での政治意見は甲論乙駁が常態。だが、国家的危機の際には小田原評定では国を亡ぼす。そこで期限を切っての独裁を容認する。これは古代共和制のローマでも実施されていた。要は平時と危機時の見極めだ。そして国民の大多数が、今の日本は重大岐路にあると考えて高市総理に重要国策の方向付けを一任した」
「ではその重要国策と何か。選挙戦ではさまざまなことが論じられていた。しかし高市総理の総選挙実施の意図からすれば、通常の政治マターは論点ではなかったはず。例えば物価高、消費税減税、積極財政、社会保障の制度安定、社会保険料高騰、経済活性など。これらについての各党の主張は大同小異。真に整理が必要な論点は何だったのか?」
「そりゃ、独立国家としての安全保障問題に尽きるだろう。立憲民主党の重鎮議員が『国家の危機事態』についての政府認識をしつこく追及した。まさに国論が割れていることであり、答弁しにくいことを承知の上でのことだった。それで質問者の意図が取り沙汰されて、同議員は落選になった」
「政治家の中には親中派とされる者が多いが、中国の威圧外交に危機感を持つ国民と乖離している。議員側の論理は『中国に経済協力して豊かにさせれば牙を押さえられる』期待だったが、大誤りであることは今では明瞭。政治家は誤りを認めることに素直であるべきだ」
「国論決定すべき論点に〝移民〟問題がある。流入外国人が同化するのが本来の移民。安価な労働力との近視眼で入れると国民の文化一体性が壊れ、最低の治安すら維持できなくなる。これが先行ヨーロッパでの現実。この現実に目を背けた立憲民主党は自滅した」
選挙は必要だったか 平易な憲法解釈が必要
国策選択には衆院解散しかない。これには〝市民的常識〟が必要になる。総理には〝恣意的な〟衆院解散権があるとの憲法学者の説明は、民主主義で育っている日本国民の肌感覚に合っているのか。解散は天皇の国事行為であり、内閣が助言するのだからというのが憲法学者の多数説だが、中学生でも感じる詭弁。高市総理はなぜ〝解散権〟を行使したのか。
「国会(衆院)が内閣を不信任すれば総辞職しなければならない。国会が総理を選任するのだから、当然やめさせる権限もある。これが行政責任者を国民が直接選ぶアメリカ型〝大統領制〟との違い。ただし国会が判断を誤ることもあるから、『自分には退陣すべき落ち度はない』と総理大臣が考える場合の対抗手段が衆院の解散。憲法(69条)に根拠がある。そして同条にはもう一つ、総理側から仕掛ける解散手段がある。それが『信任投票が否定された場合』。安全保障(特に対中国関係)と移民問題に関して方向付けを一任してもらえないか。国論が定まらないのでは国が滅びると自分は思っている。議員諸君がそう思わないのであれば、衆院として『内閣不信任』を表明してくれ。その場合には衆院を解散し、選挙を通して国民の判断を仰ぐ。69条にそう明記されていると説明すればよかったのだ」
選挙制度の手直しをすぐにやれ
今回、自民党は勝ちすぎて比例議席を埋められず16議席を他党に譲ることになった。勝ちすぎ防止の意味でもかつての中選挙区制に戻せとの意見がある。
「比例区には小選挙区制の弊害防止の意味がある。小選挙区勝者が得た政党票を比例区でダブルカウントするのが不当なのだ。これを正せば、比例票は他政党に回り、〝勝ちすぎ〟は是正できたはず。〝一人一票〟の意味を噛みしめる必要がある」
「憲法に関わる選挙制度問題がある。それが宗教との関係。宗教団体は政治上の権力を行使してはならないと20条にある。信仰の自由とは他人の信仰に干渉しないこと。宗教をめぐる国論分断を厳に避けよと憲法に規定しているのだ。国会は現世を論じる場所。今回衆院では〝宗教政党〟が自主解散した。参院でも続くかな?」
なるほど、なるほど…。政治の主人公は一人一人の国籍保有者。思っていることは浜の真砂で尽きることはない。でも終電時間は迫る。続きはまた今度と宣言して強制終了させたが、同じメンバーが集まっての議論再開はあるかなあ。
(月刊『時評』2026年4月号掲載)