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菜々子の一刀両断ってわけにはいかないか……【第275夜】

出生数が11年ぶりに増加!?

pixabayより
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 私の名前は松下菜々子。深川門前仲町で久寿乃葉という小料理屋を営む。未婚、子なし。恋人募集中。
 世間の皆さんあるいはお店の常連のお客様同様、将来に不安を感じている。砂浜の真砂が尽きないように、私の老後不安にも底がない。同年代の客も同様と見えて、カウンター席でも座敷席でも、その種の会話が多いように見受ける。客の話に合わせるのは接待の基本。菜々子も、新聞、テレビ、図書館で、その種の勉強に怠りはない。

出生数が反転

 久々に明るい政府発表。今年(2026年)の上半期(1~6月)出生数が前年同期に比べて0・8%増加した。酒場の話題は明るい方がよい。酒量が進むし、悪酔いしない。

 菜々子の報告に乗ったのがOさん。子どもがいないことで引け目を感じている。

「夫婦で不妊治療に励んだのですが、結局ダメでした。少子化が続き、ボクたちのような子なし夫婦は『世間様に申し訳ない』の気持ちで下を向いて歩かなくてはなりません。でも、ようやく出生数が反転増加ですか。よかった」。Oさんはビールを飲みほした。

「〝11年ぶりの出生数増加〟というが、増えたのはわずか2788人だぜ。それまで1万から2万人の減少が続いてきた。増加傾向が定着するまで油断できないのではないか」

 慎重意見を述べたのはMさん。政府発表を無批判に鵜呑みするのはどうか、の表情。

「コロナ終息で婚姻数が増えたのが出産増の要因と説明されているが、コロナは2020年。11年間のうち前半分の出生減はコロナのせいではない。2024年の児童手当増額効果を持ちあげるが、ならば据え置き期間中の出生数は横ばいであるはずだ。プラス要因がない年は出生数落ち込みが当然と国民に思わせようとしている。不見識も甚だしい」

11年前と比べると

 数字を並べるとMさんの噛みつきも頷ける。政府発表では2026年の上半期の国内出生数は34万2068人で前年の33万9280人から2788人増えた。では11年前と比べてはどうなのか。ニュースの見出しでは必要水準を回復したかと誤解しかねない。

 呑み仲間3人のもう一人、Hさんがスマホで検索した各年上半期の数値を読み上げた。下半期もほぼ同数とすれば、その2倍が年間出生数になるとの注釈付きで。

「2015年上半期には国内で50万3630人生まれていた。これが11年後に34万2068人で、67・9%でしかない。わずか10年ちょっとで出生数は3分の2に減ってしまった」

 数値でたどるとこの11年間、平均して1万5千人ずつ減り続けている。ほんとうに反転と言うならば、今後11年間同じく平均1万5千人ずつ増加し続けなければならない。

「コロナ終息や児童手当増額の効果がそんなに継続するはずがない。今回の発表で期待できるのは出生数減少の終息。つまり底を打ったのかもしれないということですかね」とOさん。子がない負い目からか、国民全体の出産意欲増進を強く望む発言だ。

出生減の長期傾向は反転したか?

 11年ぶりに出生数増加と聞くと、減り始めたのが2016年からで、それ以前の出生数は安定していたのかと勘違いする。とんでもない。200万人台であった第二次ベビーブーム(1971~1974年)以降、50年にわたり一貫して減少が続いているのだ。もっとも50年間など日本国史の中ではほんの一瞬でもあるのだが。

「冬に向かう中でも気温が盛り返す日もある。今年上半期の出生数増加は〝小春日和〟に過ぎない。少なくとも児童手当増額への過大評価は禁物だ」とMさん。

「〝冬来たりなば春遠からじ〟という言葉もある」とOさんが返す。「今年の下半期がどうなるか。来年、再来年と様子見が必要だが、今年が大転換の始まりの可能性はあります」

 菜々子は子なしの共通項で、心情的にOさんに肩入れしたい。

「景気診断だって転換点は後から判定される。これと同じで『子どもがどんどん生まれるぞ』とみんなが思い込めば、自分もとなる。日本は〝空気の社会〟ですから」

産む産まないはムード次第

「ママの意見に一理ある」とHさんに、誉め言葉の続きを促すべく笑顔でお酌する。

「オレたちが結婚するとき母親から『子どもは作らないように』と忠告された。『あんたの兄、姉には子どもがたくさんいて子育ての手伝いでクタクタ。もうたくさん』というわけだ」。その母親は一人っ子。乳母日傘で育っている。

 そのHさんに子どもができた。すると母親が嬉々として手伝いに来る。

「『孫は何人いても可愛いねえ』。お陰で家内はすぐに職場復帰できて、家計的にも大いに助かった。それで結果的に3人の子を設けた。あるとき忠告のことを問いただしたら『あの頃は世間がそういうムードだったのよ』で片づけられた」

 母親にとってHさんの子どもたちは、9番目、12番目、14番目の孫になるそうだ。

「もっと作っていいよ。私が面倒みてあげるから」と最後まで意気軒高だったというが、脳溢血であっけなく亡くなりHさんの子は3人で打ち止めになった。

人口が増えすぎという政治課題

 3人と菜々子はほぼ同世代。物心つく頃の日本は増えすぎる人口が政治課題だった。「あるぜんちな丸でのブラジル移民者出航万歳!」のニュース映画の記憶がある。近所のどの家にも子どもがいて、きょうだいが3人か4人。一人っ子の同級生の家に遊びに行くと専用のおもちゃがあってうらやましかった。服もおさがりでなかったし。

「それで政府は、出産抑制のあの手この手を打ったのですね。その最後の決め手が1974年の『子どもは二人まで』大キャンペーン(ⅰ)。これだと人口は増えませんからね」とOさん。不妊治療中、5胎同時人工授精着床の夢を見た。「どうします?」と聞かれ、「2胎だけに減らしてくれ!」と叫んでいたという。

子どもは二人まで

 出生数減少の理由は二つに括られる。まず子どもを産まない者が増えていること、生涯未婚率の上昇などだ。菜々子はその一人。申し開きできる正当な理由はない。Oさんのようにその気があってもできない者もいる。これらが徐々に増えるとの研究もあるようだ。

 次に、夫婦が産む子ども数の減少。政府キャンペーン『子どもは二人まで』の成果なのだが、国民は自分たちの意向だと誤解している。希望子ども数調査では二人が一番多くなるが、同調しているに過ぎない。産まない人がいて、産む人は二人までであれば、国民は必ず縮小する。かつて政府が描いた想定どおりに国民は行動している。こども家庭庁がすべきことは『子どもは3人以上』のキャンペーンではないのか。菜々子の声に、「社会性を育む最低単位は3人だからという理由づけもできるはずです」とOさんが同意した。

孫が子を産まない

 自分が作った子が孫を産み、孫がひ孫を産むことで民族が存続していく。この連鎖が細っているのが現在の姿にほかならない。

 Mさんが思いつめた表情をする。彼には二人の子がいる。「娘は結婚して孫が一人。だが息子は結婚する気があるのかどうか。生涯独身で終わるかもしれない」

 各国民平均して子二人、孫四人、ひ孫八人残すのが人口増減の臨界点。Mさんの「孫一人」は話にならない。菜々子やOさん同様、彼も不合格。ではHさんはどうか。彼には前述のように3人の子がいてここまでは及第者。

「長女に4人、次女に2人、三女に1人で孫は7人。必要数4人の倍近いぞ。恐れ入ったか」と自慢したが、それもMさんから「でも長女は国際結婚でカナダに永住、国籍もそっちのはずでは」と指摘されるまでだった。長女さんは英語講師で来日していた北欧系カナダ人男性と恋仲になり、彼の帰国について行った。そしてそのまま在住、そちらで産んだ4人の子の国籍はカナダ。どの子もHさんと日本語では会話できない。

「Hさんの孫7人のうち、日本国民は3人だけではないか」とMさんは指摘したわけだ。

国内出生数と国民出生数は違う

「国籍はカナダであっても、孫たちはわが民族の文化と遺伝子を引き継いでいる。非在住の日本国民として広くカウントしていいはずだ」とHさん。納得できる面がないではない。

 政府発表の2026年上半期国内出生数には、親の日本在住中に生まれた子が含まれている。やがて母国に戻るから、日本の将来人口にはならない。こうした者を引いたのが〝日本人のみ出生数〟だが、2015年上半期では48万3165人と50万人に届いていなかった。では出生数反転増加の2026年の上半期はどうだったとなるが、まだ集計されていなかった。

 Hさんの発言が続く。

「〝日本人のみ出生数〟には帰化した者が産んだ子が含まれるが、親の母国文化を引き継いだまま成長する子もいるだろう。労働移民受け入れ推進で同地域出身者が集住する〝リトル○○地域〟が増えている状況では、日本文化に接さずに成長する土壌ができかねない」

 何世代を経ても○○国民の意識が抜けず、騒動やテロを繰り返す者が絶えないのが英仏独など西欧諸国の現状と言われている。それが多文化共生の目的であるはずはなかろう。

「日本文化との親密性とかDNAの継承の要素をないがしろにするのは問題だ。単に国内で生まれた人数の数値を基に政策を考えていたのでは長期の国策を誤る。人口政策の目標が変われば統計手法も変えなくては!」

 日本の人口政策とは何か。日本列島に一定数以上の人口を保つことだけが目的なのか。「日本列島は日本人だけのものではない」とか「異文化者を引き入れて混住させるのが国際化」の主張にどれだけの国民が納得しているか。

 Mさんが提起した議論の決着は朝までかかっても無理そう。ということで今宵は閉店。

ⅰ 1974年に開催された第1回日本人口会議で「子どもは二人まで」とする宣言が採択されている。

(月刊『時評』2026年10月号掲載)

寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。
寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。