
2026/02/10
――防災庁の設立が2026年度内に予定されています。こちらについて所長の所感はいかがでしょう。
大石 私は、防災庁の構想については反対です。これ以上、永田町や霞が関に同種の組織をつくっても意味がありません。現行の国土交通省で十分です。あえて何らかの組織を新設するなら、米国のFEMA(Federal EmergencyManagement Agency:アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁)のような、実行力ある組織をつくるべきです。FEMAは人員規模7~8000人を擁し、全米各地で災害が発生すると現地に駆け付け、救援や復旧を行う実行部隊です。こういう組織を新設するなら意味がある、と私は思います。しかしこれまで何度も大型自然災害に見舞われながら、今になって司令塔機能と謳う組織を新設したところで何が期待できるでしょう。
――やはり防災に当たっては、国交省が主体であるべきということですね。
大石 防災・減災とは経験工学、すなわち経験に基づかないと今後の対策が構築し難い分野なのです。
その点、国の組織としては国交省が過去の災害対応経験が非常に豊富で、かつ事前防災が不可欠な陸海空の重要インフラをあまねく所掌している、それ故、国交省の防災機能を強化することこそ本来あるべき姿です。その国交省の上部組織として司令塔機能を設けることなど、ほぼ無意味です。
特に各地方整備局は各局各現場単位で経験を蓄積しているので、地形や危険性も十分把握しています。一時期、その整備局機能を分解して各県単位に配分すべきなどという議論が呈された時がありましたが、仮に実現していたら、災害発生確率が少ない県では、制度・人員ともに災害経験が蓄積されず、いざというとき有効な対応を取れない可能性があります。しかし広域な所管をカバーする整備局単位であれば、実際の災害経験から得た教訓も専門の職員も途絶することはありませんから、経験工学がそのまま継承されるのです。そして継承とその活用には一定の組織的規模が必要です。
同様に防衛省・自衛隊の中に、災害対応部門を強化しても良いと思います。例えば防衛省災害救援隊といった専門部隊です。国交省と防衛省、両省で機能強化した部門を有しつつ、これまで以上に緊密に連携すれば、経験豊富で機動力・実行力に富んだ災害対応が期待できるでしょう。平時からそれを指示するのが政治の役割です。
――とはいえ現実として防災庁設置のあかつきにはどのような組織であるべきか、ご提言などいかがでしょう。
大石 まず、リアリズムを持った組織であってもらいたい。構想や計画に時間を割く必要などはありません。災害は個々に特性・特長を有しているので、緊急時にどのような手順で何を優先しどう行動すべきなのか、これを災害発生後に考えるのではなく、平素から危機意識とリアリティを持って備えておくことが重要なのです。
今回の能登半島地震を例に取ると、半島は幹線道路が複数通っているわけではない、主要幹線が途中で寸断したら突端まで支援部隊が到達できない地形なのです。能登地震でその教訓を得たなら、今後日本の国土で同様の地勢リスクを抱えた地域がどれくらいあるのか、そうした観点で事前に綿密な調査を行い、対策を立てておくという意識と体制が必要です。このように、これから防災庁が〝国土の総点検〟を行う、という確約をするなら、防災庁の設置にも意義が認められるところです。
――ご指摘されたように、地勢や人口動態、インフラの整備状況等を点検することにより、事前防災や減災へつなげることが期待されますね。
大石 その点はまさに今、宇宙衛星からも精密な観測が可能な時代となったので、最新の技術の十分な活用が必要です。これを経験工学に基づく豊富な知見と相関させることで、実効性ある〝国土の総点検〟が期待されます。
大規模な危機管理投資を望む
――現在の高市政権は広い意味で危機管理投資を活発化させる方向のようですが、これについての評価はいかがでしょうか。
大石 方向自体は間違っていない、と私は思います。しかし投資があまりに小出し過ぎる。なぜならわが国の経済規模は、それでもGDP600兆円を数え、世界的には大国の一つなのです。名目GDPが伸びるということは経済が成長するということであり、経済が成長しなければ税収も増えませんから、国民が豊かになれません。であるならば、ぜひ600兆円を活用し、危機管理と呼ぶにふさわしい額を投じて経済をけん引する、という構図を実施していただきたい。ただ過去30年間を振り返ると民間もほとんど設備投資しておらず、官民ともに縮小基調をたどってきました。他方で増やしたのは配当金で、社員の給与ではありません。これでは消費の停滞も必然的帰結です。
――災害現場はほとんどが地方ですが、国と地方の関係についてご意見などは。
大石 地方が有するインフラとは言え、国が最大の保険機関である以上、事故防止や老朽化対策などは、最終的には国が責任を取らねばなりません。この点、各首長はもっと国に強く対策を要請すべきです。25年1月に埼玉県八潮市で発生した道路陥没事故では、貴重な人命の喪失に加え物流などの経済活動、周辺住民の生活の質など多方面へ長期にわたる影響が生じました。事故が起きたのは確かに県管理区間でしたが、行政上の最終責任者は国です。今後、防災に資するインフラ整備を図るならば、この点を明確化しておく必要があります。
――実際問題として自治体では、予算、人員どもインフラ整備まで担いきれなくなっているのでは。
大石 過去長らく、国交省の当初予算はほぼ6兆円のままで推移してきました。一方、都道府県と市小村の土木費は、1995年が25兆6000億円だったのに対し、2021年には13兆4000億円へほぼ半減しています。さらに全市町村の約25%にあたる440団体では、建築土木系の職員が1人もいません。同48%にあたる860団体で同5人以下。そもそも市町村の職員数が減るばかりで、05~21年までの16年間で9%減、ただしそのうち土木職は14%減です。
防災の現場である自治体の足腰がこれほど弱体化している以上、為すべきはむしろ自治体の現状を踏まえ、いかに防災体制の整備へと昇華させるべきか、という議論です。現に足下では補修できないため通行止めとなった橋が各地で累増しており、生活の不便さ、迂回による物流効率の低下、緊急車両の不通による安全・安心確保の綻び、等の影響が生じています。点としてのインフラ老朽化は、やがて日本全体の経済活性化、リスクの高まりにつながります。従って本来は国が、橋が通れなくなる前に修繕・整備を図らねばなりません。
――では最後に、国に対しご意見などいただけますでしょうか。
大石 新政権はまだまだ不安定な面も垣間見えますが、積極財政を打ち出している高市総理の下、片山さつき財務相も頑張っていることも鑑み、総じて良い環境だと思います。日本経済はいま、再生に向けた最後のチャンスに向き合っていると言えるかもしれません。
――本日はありがとうございました。
(月刊『時評』2026年1月号掲載)