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研究成果の相次ぐ実用化で、多様な観点から防災を推進/防災科学技術研究所理事長 寶 馨氏

たから かおる/1957年2月12日生まれ、滋賀県出身。京都大学工学部卒業。工学博士。1981年京都大学助手、1990年岐阜大学助教授、1994年京都大学防災研究所助教授、1998年同教授、2015年同所長。2017年京都大学大学院総合生存学館(思修館)学館長・教授。2022年京都大学名誉教授。2023年4月より国立研究開発法人防災科学技術研究所理事長。防災士。
たから かおる/1957年2月12日生まれ、滋賀県出身。京都大学工学部卒業。工学博士。1981年京都大学助手、1990年岐阜大学助教授、1994年京都大学防災研究所助教授、1998年同教授、2015年同所長。2017年京都大学大学院総合生存学館(思修館)学館長・教授。2022年京都大学名誉教授。2023年4月より国立研究開発法人防災科学技術研究所理事長。防災士。

 防災科学技術研究所(NIED)は、自然災害大国・日本において、あらゆる自然災害に対するすべての過程(予測・予防、応急対応、復旧・復興)についての研究開発を行い、国民の命と財産、暮らしを守ることに貢献している。直近では南海トラフ地震に備えた世界に誇る地震津波観測網(N-net)が完成した。発災時には情報集約支援を、復旧過程では被災者の声を聞き今後に向けた調査を行うなど、多面的な活動を展開しているNIEDの現在について寶馨理事長に解説してもらった。




発災後の回復状況も研究対象

――まず、NIEDのあらましから概説していただけますか。

 当所は1963(昭和38)年、科学技術庁(当時)の所管する国立防災科学技術センターとして設立されました。今日まで「生きる、を支える科学技術」を理念に掲げ、防災科学技術の中核的研究機関として社会実装を見据えた研究開発を担っています。これまで各種防災技術に係る研究施設を各地に設立し、また95年の阪神・淡路大震災以後は地震・火山・津波の観測ネットワークを構築し、今や陸上・海底を含む全国で2200点もの地点で観測をしています。これら観測結果は内容に応じて、緊急地震速報や新幹線自動停止システム等に活用されるなど、基礎から応用まで幅広い研究を手掛けてきました。研究者は現在約160名、各人が四つの研究領域に属し、日々研究に勤しんでいます。

――四つの研究領域ミッションとは。

 まず、ジオハザードを扱う巨大地変災害研究領域。災害発生メカニズムを解明し、南海トラフ地震と首都直下地震、大規模火山噴火など、将来の国難級災害に備えます。

 次いで極端気象災害研究領域。地球温暖化により頻発する極端気象の観測・実験・予測を行い、豪雨による洪水や土砂災害、また雪氷災害を効果的に軽減するための方策を研究します。

 三番目が都市空間耐災工学研究領域です。これはE-ディフェンス等を活用して、社会インフラの耐震性の向上や持続可能な都市環境の整備の方策を研究します。E-ディフェンスとは地震の揺れを三次元で再現できる大きさ20m×15mの「震動台」を用いて、実物大の構造物の破壊実験を行える世界有数の施設です。これまで個別の建築物が対象でしたが、現在は建物の集合体である都市全体に対象を広げています。

 最後が社会防災研究領域です。社会と協働し、効果的な防災情報の創出・共有・活用方法を実装し、また、被害や復旧・復興過程を科学的に調査・分析し、社会全体の防災力向上に貢献していきます。2024年1月1日に発生した能登半島地震においても、NIED研究者がISUT(災害時情報集約支援チーム)を内閣府職員とともに構成し、即日現地を訪れ災害対策本部にて1カ月応急対応を行いました。その後も被災者に対するアンケート調査を実施するなど、通常の観測では捉えきれない貴重なデータを収集しています。この知見を将来の防災・減災に役立てていく方針です。

――発災後の回復状況なども研究対象とされているのですね。

 復旧・復興過程も長期にわたるため、これをできるだけ短縮するには社会の回復力(レジリエンス)を高めていく必要があります。それには発災後の過程を詳しく検証し、社会の脆弱性を明らかにすることが重要です。そうしてビルド・バック・ベター、つまり発災以前に比べ被災地をより良い状態にしていくのです。発災以前の原状回復にとどめては再度の災害発生によって同様の被害を招いてしまう、それを防ぐため、15年に仙台で開催された「第3回国連防災世界会議」において、ビルド・バック・ベターの発想を含めた「仙台防災枠組」が採択されました。

予防的観点に基づく観測網整備

――2025年6月、N-net(南海トラフ海底地震津波観測網)が整備完了されたと伺いました。その概要と意義についてお願いします。

 東日本大震災以後、NIEDでは、海底ケーブルの敷設によるS-net(日本海溝海底地震津波観測網)を整備してきました。三陸沖から関東沖まで観測装置は150カ所、ケーブル全長は約5500㎞に及び、海溝型地震や津波の発生を直接検知する体制を構築しています。しかしながら、南海トラフ地震の発生域と想定される四国沖から九州にかけての海域はこれまで、観測網の空白域でした。

 今般、この空白域における念願の観測網N-netが完成し、東日本から西日本までの長大なエリアをカバーする観測網がつながりました。世界に類を見ない画期的なシステムとなりました。S-netが東日本大震災発生を受けて着手されたのに対し、N-netは南海トラフ地震が発生する前に、つまり予防的観点から整備された点に、大きな意義があると考えています。25年秋より気象庁にデータ配信するなど、すぐに運用を開始しました。

――やはり最新の検知機能を有すると?

 はい、このネットワークがあることで、海底で地震が発生した時も、従来の陸上のみの体制より、地震であれば最大20秒早く、津波は20分早く揺れや到達を検知することが可能です。

 20秒あれば当座の回避行動を、また20分あれば一定の避難行動に移行するだけの時間的余裕が確保できると思います。南海トラフ地震と津波の発生により、最大で約30万人の死者・行方不明者と225兆円の経済被害が想定されていますので、このN-netにより、いざ発生時においても減災の効果を発揮するものと期待しています。もちろんS-netでも、同様の事前検知機能を有しています。

デジタル情報を災害支援に生かす

――自然災害発生時、NIEDは被災地に対しどのような支援活動の展開を?

 大規模災害が起きた際、発災後、内閣府職員とNIED職員の混成によるISUTが現地に向かい、現場の状況把握を行います。

 令和6年能登半島地震は元日の夕刻16時過ぎに発生しましたが、同23時30分にはISUTが自衛隊ヘリに搭乗し石川県に到着、以後約1カ月、構成員は随時交代しながら余震が続く中で情報収集活動に勤しみました。行政、消防、警察、自衛隊、医療などの応急対応活動がISUTによって一元化された情報のもとに効率的に行えるようになりました。その後、家屋や道路・斜面の被災状況、復旧の進捗、液状化の調査などそれぞれ専門分野の観点からフォローアップを行いました。被災状況の把握は極めて重大な問題です。罹災証明や被災証明を早期に得られるための手助けになります。この観点からも社会のレジリエンスを高めることに貢献しています。

――NIEDの研究成果や技術の対外発信についてはどのように。

 防災クロスビュー(bosaiXview)という、SIP4D(基盤的防災情報流通ネットワーク)等によって共有された災害対応に必要な各種情報を、誰でも閲覧できるよう、HP上で統合的に発信しています。

 そこでは気象から地震まで多様な情報を提供しており、災害情報の状況のみならず、当該地域の過去の災害の情報をも見られるようになっています。また、どこの地域でこの規模の地震が発生したら、各地でこのくらい揺れるだろうというような想定情報も公開しています。また大量の降雨が発生しても、それが雨量の多い地域と少ない地域では平素の雨水対応が異なるため、その降雨状況が当該地域にとってどれほどレアなものか「大雨の稀さ」情報として注意喚起を行っているほか、雪下ろしに備えて降雪の重さ等を発信する「雪おろシグナル」も整備しています。これらの情報は現地だけでなく、就職などで故郷を離れた人たちが地元の親たちに注意を促すことも可能であり有用です。このように観測データ、関連情報・知識、研究成果を一般の方にも使いやすい形に処理されたものを「情報プロダクツ」として防災・減災に役立てていただけるように、さまざまな情報をHP上で公開しているのです。

――今般、あらゆる分野でデータ、デジタル技術、さらにAIの利活用が進んでいます。この点、防災の研究についてはいかがでしょうか。

 NIEDではこれまで実にさまざまな、かつ膨大なデータを蓄積してきました。この瞬間も時々刻々と全国の観測点からデータが送信されていますし、日々多様な実験をしているのでその内容も貴重なデータとなります。これらのデータと、長年の経験則に基づく理論をベースとしてモデルを構築し、それをサイバー空間でシミュレーションして再現・予測して、それをフィジカル空間で実証する、すなわちいわゆる「デジタルツイン」を駆使しています。

 とはいえ、実際の自然災害では当該地域における人々の行動や救援・復旧対応などに関し、人間によるノウハウや「暗黙知」が多々あり、大きな役割を果たしています。データ、情報、知識、各種資料やマニュアルなどデジタル化されている「形式知」に加えて文字や文章のような形で記録しきれない「暗黙知」を活用していくことが重要です。この暗黙知を今後いかにAIに学習させ、次なる防災に有用化できるかが、大きな課題となります。

――仮に防災分野で将来的なAI活用を想定するとしますと?

 災害救助や被災者捜索用のロボットなどへの応用が可能となります。過去の災害事例や救助場面などをAIに学習させ、カメラとセンサーで探索にあたれば、人間が活動するには限界のある状況下でも救助・捜索活動ができることになるでしょう。こうしたロボットの開発も、さまざまな企業や大学で行われています。また、過去から現在に至る大量の観測・実験・調査・対応のデータから、類似の事象と対応策をAIが短時間で見つけ出し、防災・救援活動を迅速に行えるようにできるものと思います。