
2026/02/10
防災・減災の推進は、それを平素から支える社会資本の整備と常に対を成す。社会資本は経済成長の基盤であり、同時に安全保障の確立にも不可欠だ。すなわちインフラをベースとして防災も安全保障も表裏の関係にあり、広義の危機管理対応の枠内となる。この危機管理対応を揺るがしかねない社会資本整備の減退こそ、大石久和所長は日本が直面する危機であると指摘する。
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遅きに失した能登復興の補正
――毎年、各地で大小さまざまな災害が発生し、それが頻発かつ激甚化しています。政治も従来から防災・減災を重要な政策課題として位置付けてきました。この状況について所長の所感からお願いします。
大石 これほどの災害大国でありながら、いわゆる先進国において唯一、大地震の可能性のある最大人口圏に対し今なお人口流入が続いている、これが日本の現状です。それに本腰を入れて改善を図る時が来ています。
その点、高市総理はキャッチフレーズとして〝日本を元気に〟ではなく、〝日本列島を元気に〟と〝列島〟を入れた表現を取っています。これは総理が、言葉通り国土政策の重要性だけではなく、地方が元気にならないとこの国が元気になったとは言えない、経済が回復してもその恩恵があまねく地方に行き渡らねば意味を成さない、このように認識していることの表れであると、私は捉えています。私もまったく同感で、地方に雇用の機会をいかに創出していくべきか、インフラ政策と併せて考えなければなりません。
――2024年1月の能登半島地震に関し、復興の進捗が捗々しくない、との指摘があります。
大石 迅速な補正予算を組まなかった点が問題です。過去の災害事例では、発災後数カ月で補正が組まれていたところ、今回組まれたのは翌年、つまり25年1月です。これでは遅きに過ぎる。予備費の拡大で当座の対応が図られましたが、予備費はあくまで橋の修復等、スポットの個別対応に過ぎません。その結果として、洪水をどれくらい抑制できるのか、物流がどれほど回復するのかという、地域の人にとって最も必要な全体像が把握できないのです。
補正予算を組むことで港湾や道路がいかに改善され、暮らしの安全・安心が担保されることが実感できるのです。発災から1年にもわたって補正を組まなかった政府はもちろん、地元石川県選出の国会議員からいち早く補正を組むよう強く要求した形跡が無い、これもまた大きな問題と言わざるを得ません。
――能登半島地震では道路等インフラの寸断が大きな問題となりましたので、そうした復旧や、今後に向けた複線化が検討されるべきところですね。
大石 現在でも能登に限らず、特に地方では複線化はもとより幹線道路そのものの未接続が大きな問題です。先年、道の駅30周年記念のイベントで山口県阿武町を訪れた際に、山陰道の整備状況を尋ねたところ、至る所で採択されて事業中、あるいは未採択の箇所もあるなど、総じて随所で間断が点在し、1本の道路が線として機能する計画に全くなっていないことがわかりました。京都まで山陰沿いを物流の道が通じるからこそ、物資の往来が活発化し、地元の活性化につながるのです。
このような〝つながらない道路〟は経済効率を低減させる上に、災害発生時の支援・復旧活動を行う上で大きな支障となります。道路一つとってみても、この国にはつなげることの意味、戦略性がまるで感じられません。
インフラは防災と安全保障の基盤
――インフラ整備の観点からすると、平素の経済戦略と防災・減災はまさに表裏ということですね。
大石 同時にわが国安全保障上の観点からも、たいへん大きな懸念となります。例えばJR北海道。1987(昭和62)年に同社が発足した時は総延長4000㎞の線路を保有していたのですが、利用者減によって運賃収入だけでは維持できず、年を追うごとに縮小が続き、現在は2300㎞に過ぎません。特にオホーツク沿岸を走る路線はほとんど廃止され、半ば空白地帯です。そうなるとオホーツク沿岸はさらに過疎化が進むとともに、東アジア情勢が緊迫化する中、北方防衛ラインの師団移動や物資を大量輸送する手立てが脆弱化することを意味しています。このようにインフラは、費用対効果だけでは測定できない防衛上の重要な意味も有しているのです。
他方、日本のODAによって鉄道技術を向上させてきた中国は、これまで経済的理由により、もっぱら南部沿岸への敷設に注力していました。が、新疆ウイグル地区が不穏になると、そちらに鉄道を伸ばすようになったのです。これはいざという時、師団をいつでも現地に送れるという明確な意思の現れです。
実際にごく最近、英国もドイツも、鉄道への投資を再度活発化させています。
――具体的にどのような状況なのでしょうか。
大石 14年ぶりに保守党から労働党へ政権交代した英国スターマー政権は、2025年6月に「UKインフラストラクチャー:10年戦略」を打ち出し、学校・病院・刑務所等の社会インフラと、水道・住宅・鉄道の再国有化議論を含め経済両インフラに、今後10年間で約145兆円投資するとの計画を打ち出しました。
また同5月にはドイツ連立政権が、従来の財政均衡ルールである債務ブレーキを緩和、12年間で5000億ユーロ(約86兆5000億円)のインフラ投資特別基金を創設し、うち3000億ユーロをインフラ投資に充てるとの方針を示しました。特に交通インフラ分野では遅延が常態化していた鉄道部門への重点化を図っています。英国もドイツもこれまで社会資本投資を減らしてきたわけではなく、過去30年を遡ると一定の投資をしてきました。それでも足りない、というのが両国の認識なのです。
実は日本が国鉄を民営化した後に英国もドイツも鉄道を民営化したのですが、レールというインフラは国が保有し、それを旅客と貨物の各鉄道会社が借りているという方式を採りました。つまりレールの延長・管理は国家がその責任において行う、という原理原則を示したのです。そのため両国とも、レールの総延長はほとんど減っていません。
しかるに日本ではレールも含めて民営化したため、経営効率が優先されJR北海道のように縮減の一途です。これは大正・昭和のころから先人が開拓・敷設してきた資産を、現世代までは使うけれど次代以後の世代には使わせない、と言うに等しい。逆に道路は公団民営化のさいにも、国が保有し高速道路会社に貸し出すという方式を貫徹できて何よりでした。
国際社会に劣後する重要インフラ
――鉄道路線が衰退すると、ますます地方におけるクルマ依存が進み、より一層道路の整備が必要とされますが、冒頭の山陰道の例にみられるように、整備が充実しているかと言えばとてもそうではない、ということですね。
大石 その状態で、25年末で暫定税率が廃止となりましたが、こうした措置に踏み切る前に、そもそも都市と地方のクルマ需要について議論した形跡がほとんど見られませんでした。東京で2人世帯が使う年間ガソリン使用量は約170ℓであるのに対し、私がデータを調べた限り最もガソリンを使っている山口市の場合は約740ℓにのぼります。それほど、地方では車が無くては生活が成り立たないのです。このような状況下で、各家庭の乗用車にトラブルが起きたらどうするのか。25年夏に豪雨水害が発生した熊本でも、水没した乗用車を前に持ち主の方が「これでは生活できない」と語っていました。
同時に、地方在住者はこれまで、東京在住者より5倍近い暫定税率を支払ってきたことになります。暫定税率の税収は東日本大震災の復興支援にも充てられているため、すなわち地方在住者は東京在住者の約5倍、震災の復興に責任を負ってきたことを意味します。現在の暫定税率廃止には、むしろ税収は伸びているにもかかわらず代替財源の所在ばかりに終始し、こうした都市と地方との違い、震災の復興支援に関する議論がほぼありません。
――港湾、空港などについてはいかがでしょうか。
大石 長らく日本は貿易立国、輸出大国を標榜してきましたが、であれば港湾設備の重要性は欠かせないはず。現在ではコンテナ船が主力ですが、果たして大型コンテナ船が入出港できる港が国内にどれほどあることか。1995年の阪神淡路大震災発生以前、神戸港のコンテナ取り扱い量は世界第4位だったのですが、2022年段階で同74位まで落ち込んでいます。神戸港には今なお大水深のコンテナバースが無いからです。現在、最大規模のコンテナ船には18メートルの水深が必要なのですが、それは日本国内では横浜港南本牧ふ頭に1バースあるのみです。釜山やシンガポールなど国際ハブ港湾では考えられません。これが貿易立国と称する国の実態なのです。
空港はどうか。韓国・仁川空港は4000メートルと3750メートルの滑走路を計4本整備していますが、成田空港は2500メートルを含め未だ2本しかありません。アジアのハブ空港の座は今や完全に仁川のものとなりました。
英国・ドイツの例にみられるように、政府が本気で自国の経済成長を目指すのであれば、あらゆる重要インフラの整備を含めて国の活力向上に資する大きな目標を立て、それを着実に実行していくことが大切なのです。多くの国民が日本、そして地元に生まれて良かったと思えるよう、政府は全力を尽くす使命があります。