
2025/10/10
――今般では経済安全保障の高まりという、地方創生推進とは別のアプローチから半導体工場などが地方に整備され、地元は活況を呈しています。こうした動きについてはどのように捉えておられますか。
海老原 確かに、先端技術産業の国内回帰は一つの潮流となっていますので、これを地方創生の動きとどう結び付けるかが課題となります。ご指摘の半導体では、熊本のTSMC、北海道・千歳のラピダス等が重要な生産拠点として立地し、かつ周辺では住宅整備なども進んでいます。が、やはり人材不足、特にデジタル人材の確保は容易ならざる難題です。
これに対し熊本県内を超えて九州全体で、また千歳周辺だけでなく北海道全体で人材を育成しよう、という試みが始まっており、こちらに対して国も交付金等で支援を行います。この動きを是非広げていきたいところです。それ故に、各拠点で長期に国内外からの人材を確保するためには、学校なども含めた生活環境全般の満足度向上を図ることも極めて重要です。いわば雇用の創出をまちづくりと連動させていく形で、大きな地域づくりのデザインが求められるでしょう。
――「2・0」では「稼げる地方」をつくる、という直截的な表現が使われていますが、既に産業基盤の分野では好事例が構築されつつあるようですね。
海老原 はい「2・0」には、稼ぐ力を高め、付加価値創出型の新しい地方経済の創生を目指す「地方イノベーション創生構想」の推進が明記されています。これは施策や主体を問わず、異なる分野同士の「新結合」によって、新たな化学反応を起こし地方の経済・産業を創出するという構想で、例えば伝統農業・産業と歴史文化と観光をつないで、地域の宿泊・食・伝統技術や工芸・文化など一体的に提供するという発想です。これには各分野の関係者からの積極的な連携が必要です。
これは産業基盤においても同様で、異なるイノベーション拠点同士が自治体の枠を超えて「新結合」する、広域展開の取り組みが進んでいます。制度や支援方式はそれぞれ異なりますが、島根県松江市の金属素材研究拠点、名古屋市の日本最大のスタートアップ支援拠点である「STATION Ai」等がその例となります。これらイノベーション拠点を中心に、若者や女性が集い、公共施設・商店・住宅などが集積した市街地整備に発展すれば、さらに活性化が見込めると想定されます。
産業基盤以外でも、地域資源活用の例として、香川県土庄町の、棚田風景と農泊とコンテンツの舞台を訪問する「聖地巡礼」をセットとした取り組み、北海道上士幌町における自動運転バス活用による「交通空白解消」と畜産メタンガスによる発電と再エネの地産地消モデルを体現した取り組みなど、地域特性に合わせた多様な事例が展開されています。
――これらのプロジェクトは、既存の地域資源同士の有機的結合という意味で大いに着目されますね。
海老原 「稼ぐ力」向上の要諦は、人口の減少に連動して経済規模が縮小するのは防ごう、という考え方です。そのためには前述のような産業基盤だけでなく、インバウンド(訪日外国人旅行者)受け入れ、あるいは地域資源を活用した輸出の促進などにより、一人当たりの付加価値労働生産性が増える方法を各地域で模索していかねばなりません。
従って食、名産品、伝統、体験など地域資源をもっと磨いていく必要がありますね。例えば地域ならではの技術を発信するという意味では、地方には世界標準を取得しているようなグローバルニッチな企業が多々あるので、もっと発信に力を入れて注目を集め、同時に働き手の確保や後継者づくりにつながれば何よりです。
専門性から総合性への転換
――インバウンド促進はいかがですか。観光公害なども指摘されつつある昨今ですが。
海老原 円安も手伝って日本への観光はすっかり定着している感があります。今後はむしろ課題を克服しつつ、かつ現在の勢いをそぐことのないようハンドリングしていく段階に入ったのではないでしょうか。また地域的偏在の解消にももっと注力したいところです。モノ消費から、体験主体のコト消費へのシフトに活路があると思われます。
――「2・0」では、これまでの地方創生10年の成果についても言及があります。この成果に関して局長の所感をお願いします。
海老原 確かにこの10年、人口減少に歯止めはかかりませんでした。が、一方で個々の地域を取り上げれば出生数が上がり、移住者が増えている地域もあり、また仮に人口が減少しても住民の生活満足度が向上している地域もあります。こうした個別の努力が実っている点も、一つの成果ではないかと捉えています。
総じて言えば「1・0」から「2・0」に至るこの10年、大まかな流れとしては、択一から多様な選択肢へ、数や量から質へ、また専門性から総合性への転換が図られた、と言えるのではないでしょうか。関係各府省庁の施策も、人口増を前提にすると専門的な制度設計に意識が向きがちですが、冒頭でお話したような供給制約が厳しくなっている現在、個人が複数の役割をこなし、足りない部分は同様に複数の役を担う個人がこれをカバーし合うという補完関係が必要となってくるのではないでしょうか。
これは個人に限らず産業でも行政でも同様で、複数の異なる主体がそれぞれ他の領域にも関わりつつ間隙をカバーしていく態勢が望ましいと考えます。霞が関においては、A省の仕事、B省の仕事をそれぞれやるだけでなく、一緒に両省の仕事をしていく発想が必要かもしれません。
――社会全体として、そうした総合性が求められる方向に向かいつつあるように思います。
海老原 兼業・副業の普及もその一環だと思います。今春、国会で「特定地域法」こと「地域人口の急減に対処するための特定地域づくり事業の推進に関する法律」を一部改正する議員立法が成立しましたが、これは端的に言えば週5日の稼働日のうち、3日は建設業、2日は農業に従事するという働き方を可能とする法律です。個人のマルチタスク化に向けて、制度や事業、考え方も柔軟化していく過程にあるのではないでしょうか。
こうした個人の幅広な活動を、負荷と捉えるのではなく自己実現の機会が増えたと捉えられるならば、それはまさしく〝ウェル・ビーイング〟と言えると思います。「2・0」では必ずしも明示されているわけではありませんが、表現の背景にはまさにこのような理念が込められていると私は考えています。その表れが霞が関同士の連携であり、「新結合」や「関係人口」であるのです。これは地方創生に関わる人それぞれに異なる理解や解釈があるような、非常に受容の幅が広い施策であると個人的には捉えています。
――本日はありがとうございました。
(月刊『時評』2025年9月号掲載)