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霞が関防災政策最前線/気象庁長官 大林正典氏

災害発生時に市町村で活 躍するJETT

――併せて、火山の観測についても体制が強化されたそうですね。2014年の御嶽山噴火は多くの死者を出しました。

大林 火山活動の情報を、全国に4カ所ある火山監視・警報センターに集めて、噴火警報を発出するという流れになります。2014年の御嶽山噴火を受け、火口周辺の小規模な異常も検知しよう、ということで火口周辺の観測体制を強化しています。火口周辺は山の頂上部ですので機器の設置や維持も容易ではありませんが、観測の担当者が365日頑張っております。

 同時に今般、活火山法こと活動火山対策特別措置法の一部が改正され、24年4月には、文部科学省に火山調査研究推進本部が設置されることとなりました。既存の地震調査研究推進本部と並び、地震と火山双方の政府レベルでの調査研究体制が整うことになります。気象庁としても、法改正の趣旨を踏まえ、火山防災にしっかりと取り組んでまいります。

――どの分野でも人材不足が課題となっておりますが、こうした観測や予報に携わる人材の確保は、気象庁ではどのように?

大林 幸い、気象庁で気象や地震等の仕事を志す学生さんは、現在のところたくさんおります。ただ、防災や産業利用まで用途を広げた場合、地球物理の専門家以外の多様な人材が必要であるとも考えています。そこで当庁では数年前から経験者の採用を積極的に進め、多様な経歴やスキルを有した方々に活躍してもらっています。

 また災害の恐れがある時に避難指示等は市町村が発することから、各自治体で気象庁の情報を適切に活用してもらうべく、必要に応じて県や市町村に、気象庁の職員を派遣してアドバイス等を行うJETT(JMAEmergency Task Team 気象庁防災対応支援チーム)という仕組みを導入しています。昨年7月の大雨の時も、先行してJETTを派遣したことにより、鹿児島県さつま町では早期の高齢者等避難の発令などに寄与できました。また首長に対し、気象状況の解説や、災害発生の恐れが高まった旨を能動的にお知らせするホットラインを実施しています。市町村長各位にとって避難指示を発するというのは非常に重い決断だと思われますので、それに対し専門家の立場から背中を押す役割を担います。

 さらに気象庁OBや研修を受けた気象予報士の方々などを対象に、国土交通大臣から「気象防災アドバイザー」を委嘱し、地方自治体と契約して防災活動に携わってもらうなどの取り組みを進めています。まだ数的には多くないものの、実際にアドバイザーが活躍している市町村からの評価は非常に高く、もっと広げていければと考えています。地域防災への貢献は、近年試行錯誤を繰り返しながら強化してきました。市町村からの期待も高いので、今後も各地の気象台長と地元の首長とが顔の見える関係を築き、緊急時に適切なアドバイスを送るなどして防災・減災に役立てられれば何よりです。

気象データはだれでも利用可能

――では三つ目の分野である、気候変動の監視・予測についてお願いします。

大林 地方公共団体、事業者等に、気候変動緩和・適応策や影響評価の基盤情報として使ってもらうよう、日本およびその周辺における観測事実と将来予測をまとめた報告書「日本の気候変動2020」を2020年末に文部科学省と共同で発表しました。

 将来予測については、パリ協定で掲げられた目標が達成された世界と、達成できなかった世界にそれぞれ分けて想定しており、相互対比することで将来予測を示しています。パリ協定の目標を守らなければ気象面で大変な世界が到来することを、科学的に裏付ける資料となっています。

――近年では、観測・収集した各種の気象データをビジネスに活用する動きが盛んになっているようですね。

大林 気象条件がビジネス環境に大きな影響を与えることから、程度の差こそあれさまざまな分野で気象情報、気象データを利活用する動きが年々高まっています。ただ、実際には活用に当たって経験や勘に頼っているケースも多く、また高度なデータ処理を要することから、ビジネス活用に向けてはまだハードルが高く、従ってそのハードルを低くしていくことを、気象庁も民間と共に考えているところです。まずは分野横断的に、気象データを活用してリスクを減らしビジネスに役立てた、という事例を横展開することなどを進めています。

――そうすると、データそのものもさることながら産業界のニーズに応じたサービスとして提供することなども?

大林 そうですね、気象庁が有する情報は民間気象業務支援センターの枠組みを通じて、どなたでも利用できる仕組みになっています。配信のコストのみの負担で、スーパーコンピュータの計算結果など相当のボリュームの情報を得ることが可能です。

(資料:気象庁)
(資料:気象庁)

――こうした日本の気象データ提供体制は、国際的にはどのような水準にあるのでしょう。

大林 かなり先進的であると考えてよいと思います。まず気象業務法という法制度の中で、公的な気象データを民間で使う枠組みを明確に規定していること、次いで気象予報士制度が確立していることで安心して気象ビジネスを展開できること等、法的な枠組みのある国はそれほど多くはありません。逆に法制度がないと、データの品質低下や利活用が無秩序になるなど問題の発生につながります。この点について気象庁は、法制度の整備面、情報の精度面、ともに世界のトップクラスと言って良いでしょう。

 さらに6年前(2017年3月)から産業界、学識経験者、気象庁を交えて情報交換する「気象ビジネス推進コンソーシアム」の枠組みも構築しています。この枠組みでの協力のもと、気象データアナリストを育成するような講座を気象庁が認定する制度なども設けています。

――では気象防災、地震防災等につきまして、今後に向け展望などお願いできましたら。

大林 気象分野については精度向上に向けて観測網をしっかり整備していく、分析するためのスーパーコンピューターやプログラムを進化させる、その上で前段に申し上げた各種目標を、可能な限りオールジャパンで達成していきたいと思っています。過去から未来にかけて多岐にわたる情報を、どのような形で発表すれば国民生活に役立つのか、ということを日々考えながら気象予報の改善に取り組んでいく所存です。

 また地震に関しては、繰り返しになりますが発生を事前に予測できないからこそ、やはり日ごろの準備の大切さを啓発していきたいと思います。2018年に大阪で発生した地震によって学校のブロック塀が倒壊し女児が死亡しましたが、実はブロック塀の倒壊は1978年の宮城県沖地震によって死者が発生した時から問題視されていました。それ故に、機会を捉えて点検を行うこと、これが地震発生時に被害を抑制し、同じ悲劇が繰り返されるのを防ぐのに極めて重要なことなのです。

――本日はありがとうございました。
                                                 (月刊『時評』2023年9月号掲載)