
2025/12/17
――農山漁村へ、企業から人と資金の流れを創出するにはどのような方策が考えられるでしょうか。
朝日 資金拠出の方法はさまざまで、課題解決企業に拠出される場合もあれば、自治体に拠出される場合もあります。前者は資金拠出者の意図を企業に反映させやすく、寄付や投資がこれにあたります。一方、後者は自治体を介することで透明性が確保されやすい利点があり、企業版ふるさと納税が代表的な方策です。
また、一部の寄付や企業版ふるさと納税には税制優遇がありますので、これらを活用すれば企業の実質的な負担軽減になると同時に、試行的に資金拠出を行うことも可能です。さらに、今後、財務リターンの獲得に加え、インパクトの創出を同時に目指す金融手法、すなわちインパクトファイナンスの活用の促進も期待されるところです。
もう一方の人の流れ、つまり企業から農山漁村への人材派遣の具体的方法として、従来の人事交流や出向に加え、「地域活性化起業人」と「企業版ふるさと納税(人材派遣型)」が制度として活用可能です。「地域活性化起業人」は、三大都市圏等に存在する企業と地方圏の自治体が協定を交わし、社員を地方自治体に6カ月から3年等の一定期間派遣して、専門性やノウハウをもとに業務に従事するという制度です。派遣期間中の社員の給与等に係る経費については、基本的には自治体が負担するものの、その一部を国が支援する仕組みになっています。
――学識経験者や自治体の関わりはどのような状況でしょう。
朝日 農林水産分野のインパクトに対しては、アカデミアでも知見のストックが概して乏しく、農山漁村の現場の事例収集とともに、学識経験者にも入っていただいて議論をしています。また自治体では、そもそも農林漁業分野の担当者数が乏しいケースが増えてきており、マンパワー不足により企業とのwin-win の共創に至るところまで注力できない場合も多いです。
従って、今後、農山漁村と企業をつなぐ中間支援の方々を掘り起こし、分野・地域等を考慮しながら見える化を推進していきます。具体的には地銀など、地域に根差して地域に顔が広く、また組織としても地域課題解決に取り組まれている方々と御一緒したく、今年度、静岡銀行、福井銀行、山口銀行等10の地銀(傘下企業等を含む)に中間支援組織となっていただき、農山漁村の課題解決のための官民共創のマッチングを行っていただく事業を行っています。その他、例えば関係人口創出の観点から、親子そろって農家に〝留学〟し農業体験する手配を行うといった、地域に根付いて活動する団体もいらっしゃるので、若い方の農山漁村への参画という点で活躍を期待しています。
活況を呈するプラットフォーム
――このテーマに関して霞が関各省庁との連携については。
朝日 現在、多くの省庁が地域活性化に取り組んでいます。例えば金融庁では、金融機関や投資家からのインパクト投資を推進するべく、分科会を設けて課題解決のインパクトについて指標の整理等を進めています。私たちも金融庁さんと協議しながら、事例の作成・創出等行っていくことができればと思っています。
また中小企業庁は、いわゆる〝ローカル・ゼブラ企業〟の育成に熱心に取り組んでいます。ローカル・ゼブラ企業とは、社会的インパクトを生み出しながら収益を確保する企業を指し、将来的にこのような企業が増えていけば産業と地域、両方の活性化につながります。ぜひ地域の課題解決プレーヤーとして、私たちも提携を進めていく方針です。
逆に言えば各省庁とも、自分たちだけでは地域活性化の実現は困難であると言え、その共通認識の下で、ほぼ月例に近い形で何らかの共同会議が開かれている状況です。
――その他にも企業の活発な参画に向け、各種方策を進めていると聞きました。
朝日 他業種と新たに結合している農山漁村の取り組みや、農山漁村の人手不足に対し企業が副業という形で社員を派遣しているケース、さらには近年郵便物が減少している地域の郵便局を舞台に新たに農村の地域マネジメントを推進する等々の優良事例について情報発信する「農山漁村」経済・生活環境創生プラットフォームを構築しています。同プラットフォームではこれまで2回、有難いことにいずれも参加者1000人超となる大型シンポジウムを実施しました。
この他、登録いただいた団体の方々に個別の情報発信を行っていますが、2025年9月末時点で、企業約510企業、自治体含め約580団体と、大企業を含め非常に多くの登録をいただきました。是非、皆さまにも御登録いただければと思っています。
効果の測定と発信、そして息長く
――「農山漁村」インパクト可視化に向けたガイダンスの発表から、9月上旬現在で約半年が経過しました。目下の手応えと今後の展望をお願いします。
朝日 ガイダンスの内容を踏まえてどう実践につなげるか今後問われるところです。インパクトに取り組む企業ほかステークホルダーの方々に、ガイダンスで示したようなロジックモデルを作成してもらい、それを各社が具現化する形で実践から効果測定までつなげられればと考えており、実際に取り組みたいとの声をいただく企業さんも多くいます。そういう意味ではガイダンス発表後、現在までに一定の手応えを感じています。
――今後に向けて、対応していくべき課題としてはいかがでしょうか。
朝日 やはり冒頭で申しました、効果の測定をどう定めるべきか、ですね。既に現地で動き始めているプロジェクトがあるので、その積み上げを図っていきたいですし、それが市場に評価されてこそ、人・資金・労力等の資源を投入してきた企業の価値向上や業績へのリターンにつながるので、そのためのマネジメント方法等各省庁や有識者と連携しながら検討したいです。
――インパクトを効果あらしめた企業等に対する証明・表彰するなどの構想はどうでしょう。
朝日 現在、企業や中間支援組織等に対して証明書を発出する制度の創設に向けて専門家を交えて検討会で議論中です。企業としても市場の評価や付加価値を向上させるという意味では、国から取り組みの成果を証明されるような機会が必要ではないかと。インパクトの証明まで行くことができれば良いですが、まずは取り組みを行っていること自体を証明・表彰することによって、息長く農山漁村に関わろうとする仕組みが構築できれば何よりですし、最終的に市場に評価され、人的・財務的なリターンにできるだけ結び付けられるような証明の仕組みとなるよう、細部をよく検討していきたいと思っています。現在、農山漁村の課題解決に積極的に関与してきた大企業の皆さん(JR東日本、NTT東日本、JAL、JTB、アサヒビール、阪急阪神百貨店等)と各企業の取り組みの普遍化を行っていくための議論をしていますが、こうした取り組みをされている企業の企業価値の向上に国がどう貢献できるのか、制度を仕組むとしてそれが人的リターン・ブランドリターン・資本市場リターン等の企業メリットにどう結び付くか、よく検討しながら進めたいと考えています。
――室長ご自身は、5年ほどの中期的将来をどのようにとらえておりますか。
朝日 何よりもこの「農山漁村」インパクト可視化と測定・評価・証明の仕組みを持続させること、その結果5年後には成功事例が少しずつ蓄積され、内容が社会にある程度浸透していくことを期待しています。そのモデルがさらに関心を呼び、新たに参入しようという企業、団体の増加につながるのが理想ですね。また、海外でも同様の課題・問題意識を抱えている農山漁村が多くあるので、国際会議で取り組みを発信し、国際的な枠組みで取り組みの機運がさらに盛り上がればとも思っており、そうした機会もうかがっています。いずれにしてもまだ道半ばですので、私たちも引き続き頑張っていく所存です。
――本日はありがとうございました。
(月刊『時評』2025年11月号掲載)