
2025/08/22
経済成長について議論するとき、生産性をどう向上させるかという話が中心になりがちです。しかし、景気循環の影響を除いた潜在成長率を資本と労働の要素を除いた純粋な「全要素生産性」を見ると、実は日本は先進諸国と比較しても遜色がなく、資本投入量が圧倒的に少ないことがわかります。これこそ、成長が止まっていた原因でしょう。
近年の日本企業の経営スタイルとして、既存事業でより安く供給できるよう中国で投資を行ったり、マーケット参入のために北米・ASEANへ投資を行ったりという手法が盛んだったため、海外に直接投資した資産である対外直接投資残高はものすごく伸びています。
これも企業からすれば、人口減少による国内市場の縮小を見越した合理的な判断だったと思われます。ただ、世界中の拠点を活用するグローバルサプライチェーンは世界が平和な状態である事を前提としたものであり、現在の不確実性が高まった世界情勢のもとでは、各国が経済政策を見直さざるを得ません。世界で稼ぐという観点ではもちろん日本企業の海外展開も引き続きしっかり広げていきますが、マクロ経済的には、民間による国内での設備投資と日本の実質賃金は相関する関係であり、日本ではいずれも諸外国と比較して非常に低い水準なので、国内投資の底上げも必要だと考えています。
2022年に、当省が中心になって新たに「国内投資拡大のための官民連携フォーラム」を創設しました。総理をはじめ関係大臣と日銀総裁などの官側に加え、経団連、経済同友会、日商、新経連、全銀協、地域経済連合会など民側のトップも一堂に会し、国内投資の底上げに向けて機運を醸成するためのものでした。
民間にお願いするだけでなく、政府も補正予算を中心に、蓄電池・半導体・バイオといった成長分野の国内投資へ巨額の財政支援を実施した結果、現在、国内投資は反転上昇しており、2年前に経団連が掲げた国内設備投資115兆円の目標も前倒しで達成が見込めそうな状況になってきました。並行して、賃金も毎年30年ぶりの水準で上昇が続いており、今体感できている上昇のペースを維持していくことができればかならず日本経済は豊かになると手応えを得ています。
ただ足元では家計消費が足踏み状態ですし、鉱工業生産指数も伸びがまだ鈍く、一進一退の状況です。この上昇が今後も続くと皆が信じられるように、官民で将来への期待を広げていかねばなりません。
日本人は自国に対して悲観的な傾向にありますが、実は海外からは高い評価を受けており、23年には世界的な市場調査会社イプソスが毎年発表している「国家ブランド指数」で初めて1位になりました。これは「文化」「国民性」「観光」「輸出」「ガバナンス」「移住・投資」という六つの指標における魅力度を指数化したもので、アジア圏の国が首位に立つのは初めてのことです。ハーバード大学の「経済複雑性指標」でも20年連続1位で、製造業の多様性や独自性が評価されています。世界経済フォーラム(WEF)の「旅行・観光開発指数」でも日本はトップで、開発できるポテンシャルがまだまだ大きいと言われています。
国内投資・イノベーション・所得向上の三つの好循環
社会課題を出発点とし、その背後にある潜在的な需要をどのようにして顕在化させ、市場として形成していくか―――これが「ミッション志向」政策の基本的な考え方です。将来成長する産業の予測には限界がありますが、社会にとって重要な課題は、企業にとっても重要であることは間違いありません。
この「新機軸」では、現在八つの重要な社会課題を「ミッション」として定めています。「GX(グリーントランスフォーメーション)」、「D X( デジタルトランスフォーメーション)」、「グローバル・経済安全保障」、「健康」、「少子化対策に資する地域の包摂的成長」、「災害レジリエンス」、「バイオものづくり」、「資源自律経済」です。
さらに、これらのテーマを横断する基盤を「社会の基本ソフトウェア(OS)」と見立て、①人材②スタートアップ・イノベーション③価値創造経営④EBPM・データ駆動型行政の4分野でその「OSの組み替え」を進めてきました。
例えば人材の分野では個人のリスキリング(学び直し)のために5年で1兆円を投資して、同時に労働市場改革を行い、物価上昇を超える賃上げが持続的に実現できるOSに組み替えようとしています。スタートアップ・イノベーションのためには5年で投資額を10倍にすることを目標とした「スタートアップ5ヶ年計画」を打ち出しました。
四つ目のOSとして挙げた「EBPM」は、目的を明確化した上で合理的根拠(エビデンス)に基づいて政策を立案する手法のことですが、特に第三新機軸では、大規模な財政出動が前提となるため、客観的な評価と検証を重ねながら政策を実行することが極めて重要です。
組織としてはGX政策、DX政策、経安全保障政策などそれぞれの政策担当ごとにチームがあり、全体の方向を示すためにストーリーコンセプトメイクをするのが私の仕事です。これまでの第一段階・第二段階の産業政策が、いずれもミクロ経済の視点に基づいていたのに対し、第三段階である新機軸では、ミクロとマクロの融合が大きなコンセプトの一つとなっています。
23年の第二次中間整理では改めてマクロ経済的観点から目指す姿を明確化し「三つの好循環」(国内投資・イノベーション・所得向上)を掲げました。これらを同時に経済産業政策の中心に据え、それぞれの政策を相互に補完しながら推進することが狙いです。同年にはGX推進法が成立して20兆円の政府支援を呼び水とした150兆円の大型投資を形成する計画が始まり、同時に成立した5G促進法による認定事業(熊本のTSMC、三重のキオクシア)の誘致も決まりました。
24年に実施した「第三次中間整理」をもとに、2月末現在、今国会で関連法案の成立を目指しています。今は日本経済が構造的に転換するチャンスを迎えていますが、同時に元に戻ってしまう危うさもあり、まさに正念場なのです。
産業構造分析で見える課題
労働投入量を横軸、労働生産性を縦軸に置いて業種ごとに付加価値の推移を分析すると構造上の問題が見えてきます。過去25~30年で製造業は「細くなって高くなった」、つまり労働投入量は減少したものの、生産性は向上してきました。例えば車の製造ではSDV化(Software Defined Vehicle)に象徴されるサービス化やデジタル化に対応しながら日本で良い仕事を続けられるのかという点が大きな焦点です。
情報通信業や専門サービス業などの「デジタル関連産業」は、縦にも横にも伸びて付加価値の高い産業として存在感を増し、雇用と賃金がともに伸びていますが、米国の同産業と比較すると成長度合いは劣後しています。
一方で、介護などのエッセンシャルワーカー系サービスは、雇用が増加する一方、生産性の向上には至っていません。賃金の観点でも、労働分配率が産業によって異なるため労働者の収入面に格差が広がっています。省力化投資やデジタル化の推進によって生産性を高め、付加価値を上げて賃金を向上させていくことが重要です。それを支えるのが半導体やデータセンターなどの情報通信業であり、さらにその上でBtoBのサービスを展開する専門サービス業が成長産業として伸びていくと期待したいところです。本格的な議論は数字を根拠に進められるべきですが、意外とこれまで数字を元に冷静な分析をできていなかった可能性があります。
経済界の方と議論をしていると「介護産業などの低生産性の雇用が増えたせいで、日本全体の生産性が下がった」との指摘を受けることがありますが、実際の分析ではそうとは言い切れません。例えば欧州とデータを比較すると、業種間の労働移動で生産性が下がったというより、伝統的サービス業、特に中小企業のサービス業の生産性が「上がらなかった」ことが大きな差になっていることがわかります。日本では業種によらず中小企業というだけで生産性が低いという特徴があり、諸外国のデータを見るとこの問題は日本だけに存在しているようです。逆に言えば、そこに伸びしろがあるわけです。改めて省力化や高付加価値化など、中小企業政策を見直す余地があるのではないでしょうか。
リーマン・ショック以降、製造業への国内投資は減少してきましたが、現在は再び投資意欲が高まっており、むしろ土地不足が課題になってきました。これまで新規造成よりも既存の土地活用でやりくりしてきましたが、それも限界に近づいているため、産業立地政策を見直して未利用地や塩漬け土地の活用を進めようとしています。過度な環境規制が活用を妨げている場合は合理的な形で見直すことも検討すべきでしょう。
それからコーポレートガバナンス(企業統治)の在り方について、これまで日本ではいわば「形づくり」に力を入れてきました。メインバンク制が終わり、ガバナンス改革を進めてきて、制度や仕組みとしては一定の成果をあげてきたと思います。今後は実際の企業経営の中身、つまり企業の価値創出や収益力向上といった「実質面」での改革が求められる段階に来ています。デフレの環境下では企業はコスト削減によって利益を出そうとする傾向が強く、自然と守りの経営に傾きやすい環境でした。それが今はインフレ傾向に変化したので、より高付加価値の商品やサービスを売っていく「攻めの経営」がしやすくなってきたわけです。
人口減少は言い訳にならない
世界各国の経済成長と人口増加は実は相関がなく、過去の歴史を見ても、わが国の超長期の経済成長と人口動態も関係ないことがわかります。
つまり、〝人口減少だから成長できない〟というのは言い訳にはならないのです。実際、日本の経済はここ数年で着実に回復しつつあり、人口が減っても、一人ひとりの生活の質を高め、豊かになる道はあるはずです。
今後のシナリオは「もう一度世界で勝負する」。民間だけでは難しい領域には、政府も産業政策や財政支出、制度面で積極的に関与し、官民連携で社会課題に取り組んでいくという、この数年間で見えてきた明るい方向性に向けて着実に取り組んでいけば、決して理想論ではなく現実的なビジョンとして、日本でも一人ひとりが「豊かで幸せ」と感じられる社会を実現していけると確信しています。
(月刊『時評』2025年7月号掲載)