
2026/04/21
このように現状を整理した上で、問題意識のポイントを改めて検証してみましょう。まずは制度面。経済安全保障推進法で言えば、特定国が製造した機器に何らかの細工が施されているリスクがゼロにならない以上、法的にどう対応していくべきかが問われています。排除するのは簡単かもしれませんが、その機器が市場に広く流通しているような場合、実効面で妥当かどうか悩ましいところですし、既に設置された設備に対し、生産国を逐一調べて関連機器の安全性をチェックしていくなどは膨大な手間とコストがかかります。発注者がそうした機器の安全性をどこまで担保できるのかも疑問です。
また、データの活用と保護は常にバランスが問われるところですが、世界的には活用の方にやや比重が置かれている感があります。ただ、データそのものに規律をかけるのは事実上困難ですので、やはり器に当たる部分にどうセキュリティをかけるかがポイントになると思います。
ただ、現在の電気通信事業法では「適正かつ合理的な運営」や「公正な競争の促進」を明文化しているのですが、法文には経済安全保障の字句がないため、現在の事業法の枠組みの中で、われわれが有するツールをもって経済安保的な施策を打つのはなかなか難しい面があります。この点を今後どうしていくのか、一つの課題に位置付けられます。
そして膨大なデータを処理保存するインフラとしてのデータセンターやクラウドでの情報漏洩や遺失をどう防いでいくか、これも重要なテーマです。クラウド事業者は利用者にハードウェア等のリソースを貸しているだけなので、自分自身は通信事業者ではありません。従って行政としてはクラウド事業者に規律を課したり、情報連携することが基本的には難しい。ならばクラウドやデータセンターを介して通信サービスが提供されるようになったら電気通信事業の対象となるのか、という疑問が生じますが、実はこの点が大きな課題です。ことに経済安保の観点から、データセンターに整備されたハードウェアに対するリスクが高まれば、なおさら電気通信事業の法体系や規律の適用に限界があり、従前の方式ではこうした懸念への働きかけが難しい、という難問に直面しています。
さらに、日本のデータセンターやクラウドには日本人に関する大量のデータが収蔵されているわけですが、クラウドサービス市場のシェアはほぼ海外事業者によって占められています。これら海外事業者が当該国の法律に服している場合、仮に本国の捜査当局等からデータを押収するなどと指示されたら、事業者はどう対応するのか、データの権利はどこに帰するのか等、想定しただけでも大変困難であることは明らかです。
地方分散化による強靱化の推進
また近年、個人データ分野のセキュリティという課題も浮上してきました。ゲノムデータや生体情報、金融情報、医療情報など個人に関する機微データが漏洩すると、特定個人に対し影響力が行使されるリスクが考えられます。ならばデータの保存先に気を配る、あるいはデータの解析を外部委託するときは信頼に足る委託先かチェックする等の方策が検討されています。
そもそも国内のデータセンターは、誰がどこにいくつ設置しているのか、概況自体も網羅的に把握することが難しいのが現状です。それでは、自然災害等でデータセンターがダメージを受けた場合、日本は速やかに対応できるのか懸念されています。従って、データセンターについて、日本政府としてはまずは状況把握を行う、それを可能とする体制を整える、現在の議論は主にこうした点から始まっています。
これに対し総務省では、AI活用を通じたDXの加速化、成長と脱炭素の同時実現、国土強靱化という多角的な観点から、海底ケーブルを海から引き揚げる陸揚局やデータセンター等の地方分散化による、デジタルインフラ強靱化事業を推進しています。ケーブルの陸揚局は設置の地理的適地が比較的限られており、そこが地震や津波に見舞われたとき大規模な通信障害が発生するリスクを低減するためにも、陸揚局の分散立地によって国際海底ケーブルの多ルート化を図ります。
データセンターも以前は、同様に地方へ分散立地を検討したのですが、東日本大震災に発する電力の供給制約がネックになりました。とはいえ、仮に東北圏のような遠距離から発信しても、東京への通信速度はそれほど顕著な遅延が無いため、現在ではワット・ビット連携こと電力と通信の効果的な連携を図ることで、データセンターの地方分散化を促進します。ただ、データセンターは電力や水を大量消費するため、今後は環境面での制約がかかる可能性もあり、また建設従事者の人手不足等もさらに進むでしょうから、現在のような建設促進の勢いがどこまで続くか、仮に鈍化すれば成長著しいAIの発展にどう影響するのか等、やや不透明な要素があり、この対応もわれわれの課題の一つです。
一方AIは、通信事業においても幅広く活用されています。例えば通信需要の集中過多により特定の通信経路がパンクするのを防ぐため、他の迂回経路を自動設定したり、何らかのエラーが発生するのを事前検知するようなときにAIは非常に有用です。ですが通信と同様、AI利活用に対する電力供給の制約やセキュリティ面での課題も付随して生じます。またどんなにAIが進化しても、現場作業などAIではカバーしきれない領域がありますので、それには一定の人材確保が不可欠です。
インフラエンジニアリング業界を支援
そして昨今の人手不足の中、人材確保を要するのは情報通信分野も例外ではありません。特に、通信インフラの構築・維持・更改を支えるエンジニアについて持続的な人材確保が求められます。例えば固定電話については、老朽化の進行により2030年代には維持限界を迎えるものがあると推定されています。そのため保守点検や更新に従事し、先端技術の機材の施工を担うインフラエンジニアの確保は喫緊の課題です。にもかかわらず、情報通信エンジニアリング業界の雇用者数は年々減少、約四半世紀前に比べて数分の1という状態です。特に通信業界はキャリア横断的な業界団体が無く多重請構造という特有の難しさがあり、現場に近い事業者ほど自分の代で経営はおしまいというケースも増えてると聞いています。また電気工事などに比べて関連技術の進化が非常に早く、事業者が速度や新たな方式にキャッチアップするのは容易ではありません。
近年、建設業などでは請負事業者への価格転嫁の流れが定着しつつありますので、われわれも通信事業でこれを学ぶ必要があると感じています。ただ通信事業は、公共工事として総務省が発注するという仕組みになっていないため、所管省庁として単価を決めたりするツールもノウハウもありません。むしろこれまで、自由競争によって価格を下げることを促してきましたが、価格が下がると設備投資やインフラメンテナンスのコストが圧縮されるという問題点もまた、顕在化してきました。国の競争政策がここまでは功を奏し、日本の通信料金は品質に比して高い設定ではないと思いますが、いま一つの転回期を迎えているのかもしれません。
そこで総務省としても情報通信インフラエンジニアリング業界を盛り立てるべく、まずは実態把握に着手しました。これまでの事業者各社との対話だけでなく、工事を施工する通信建設業界の方々まで対象を幅広く設定し、状況をリサーチしてお困りごとの把握に取り組んでいます。この方針に基づき、先ごろ私の課の中に「電気通信設備エンジニア室」を新たに設置したほか、電子情報通信学会内に、学生さんの人材リクルートや企業の人のビジビリティ向上も兼ねて、情報通信エンジニア部門を昨年新設しました。これらの体制をもって通信エンジニアをしっかり支えていく所存です。
加えて総務省では、既存のファイバーとは全く異なる仕組みで成り立つ「空孔コア光ファイバー」の新規開発と、これを長距離安定品質で製造する研究を支援しています。従来ファイバーに比べ、光の電波経路となるファイバー自身の制約や抵抗を極少化できるため、通信速度の向上や敷設の延伸も可能です。同ファイバーは各国とも研究に注力するなど国際的に実用化へ向けた動きが加速しているものの、まだ十分な実用レベルに至っていないので、われわれとしても早期実用化を期待しています。
このように総務省では、経済安保の視点をカバーしながら、日本の電気通信サービスインフラをどのように確保維持していくか、日々尽力しております。
(月刊『時評』2026年3月号掲載)