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気象データの民間利活用に向けて/気象庁長官 野村竜一氏

―気象ビジネス推進の現在―

のむら りょういち昭和39年10月2日生まれ、神奈川県出身。東北大学理学部卒業、東京大学理学系研究科修士課程修了。平成3年気象庁入庁、31年総務部企画課長、令和3年大阪管区気象台長、4年地震火山部長、5年大気海洋部長、6年気象防災監、7年1月より現職。
のむら りょういち昭和39年10月2日生まれ、神奈川県出身。東北大学理学部卒業、東京大学理学系研究科修士課程修了。平成3年気象庁入庁、31年総務部企画課長、令和3年大阪管区気象台長、4年地震火山部長、5年大気海洋部長、6年気象防災監、7年1月より現職。

 本年6月1日、現在の東京都港区で気象業務が始まってから150 周年を迎えた。長年の観測等によって蓄積された膨大な気象データと、産業界の各分野の情報を掛け合わせることで、生産性の向上につなげるなど、さまざまな利活用が期待されている。今回、野村竜一長官に、気象データのビジネス面での利活用について、現状と今後を解説してもらった。




ビジョンとして気象データの活用を促進

 気象庁は、「気象業務の健全な発達を図ることにより、災害の予防、交通の安全の確保、産業の興隆等公共の福祉の増進に寄与するとともに、気象業務に関する国際協力を行う」ことを使命としており、「安全、強靭で活力ある社会を目指し、国民とともに前進する気象業務」をビジョンとして明示しています。

 このビジョンは「産学官や国際連携のもと、最新の科学技術を取り入れ、観測・予報の技術開発を推進する」と「社会の様々な場面で必要不可欠な国民共有のソフトインフラとして気象情報・データが活用されることを促進する」の二つの柱で構成されています。まさに気象に関する情報やデータの活用は気象庁のビジョンの重要な柱の一つなのです。

 1956年に気象庁が誕生して以後、60~70年代にかけて情報通信技術の導入が進み、74年にはアメダスこと地域気象観測システム、次いで78年には気象衛星「ひまわり」による観測が開始されるなど、気象業務は日本経済の発展とともに歩んできました。そして平成に入り、自然災害の頻発化に応じて各種警報を発表する体制が整備されていきます。

 この間、データの解析技術が進んだことで、気象庁がこれまで観測・予報業務の過程で蓄積してきた膨大な記録やデータ類を、産業界においてもっと広く活用すべきであるとの気運が高まりました。こうした社会的要請に対応すべく、気象庁としても情報やデータの内容を広く発信し、さらにこれを使う各分野の方々とコミュニケーションを取り、より一層社会経済活動や国民生活全般に役立てていく施策を日々展開しているところです。

 使命、ビジョンを実現する具体的な方向性としては、①防災気象情報の的確な提供及び地域の気象防災への貢献、②社会経済活動に資する気象情報・データの的確な提供及び産業の生産性向上への貢献、③気象業務に関する技術の研究・開発等の推進、④気象業務に関する国際協力推進、に分類され、各項それぞれに関連施策が連なる構造となっています。

 ②のデータに関連する施策では、航空機・船舶等の交通安全、地球温暖化対策、生活や社会経済活動に資する情報・データの的確な提供、そして産業の生産性向上に向けた気象データの利活用促進を行うとされています。このうち、交通安全に資する施策は、かつて気象の影響により事故が多発した歴史的経緯もあり、現在では空港に設置した気象台等から航空管制を支援する情報やデータの提供や国際的な枠組みで連携するシステムが構築されています。地球温暖化や社会経済活動、産業の生産性向上の分野においても気象データの利活用の充実が引き続き求められます。

流れを変えた第18号答申

 さて、一口に観測データと申しましても、気象庁が対象としている分野は陸海空と非常に幅広く、多岐にわたる観測データを保有しています。例えば前述の気象衛星「ひまわり」は、主に広範な陸域や海域を写真のような画像で記録しているほか、さまざまな波長で観測しているため容量は膨大であり、それらを解析し、多様な使途に適した情報を作成しています。アメダスは、地上における降水量、気温、湿度、風向風速、日照時間、積雪などいろいろな要素を観測しています。震度観測は、かつては体感に基づく観測を行っていましたが、91年からは計測震度計による観測を開始しています。海では、観測船によって海水を採取し、二酸化炭素などの温室効果ガスを分析するとともに、海流、水温や塩分など海洋の状況を観測しています。その他、自動観測ブイを用いて、海上の波浪や気圧などのデータも取得しています。また沿岸部には津波観測計を設置して、海面の潮位変動を監視しています。

 これら観測に基づくデータは現在、気象庁のホームページで広く公開しています。利用者の利便性を踏まえ、図情報(台風情報等)、表形式(天気予報等)、テキスト文字情報(気象情報等)、CSVデータ(アメダスデータ等)、XML形式データ(警報等の防災気象情報等)などを提供しており、アメダス観測等の数値データは自由に利用でき、ホームページ内の図や表なども出典の明記等により基本的に自由に利用可能としています。

 このようなホームページでの提供にも見られるように、最近ではさまざまなデータをもっと業務的に使いたいというニーズも高まってきているところです。業務利用の一つとして予報業務が挙げられますが、その始まりは1952年に制定された気象業務法により、予報業務許可制度を導入したことにあります。導入時は、海運や港湾関係者等のように、利用者が個別に特定された場合のみ独自に作成する予報を認めており、予報業務ひとつとってもさまざまなデータを業務利用したいという需要に応えるとは言い難い状況でした。

 それに対し92年、気象審議会第18号答申によって、大きく流れが変化しました。同答申では、「官・民の役割分担による気象情報サービスの推進」「局地的な量的予報の推進及び防災」「気象情報の高度化」「民間における資格制度の導入」「民間への情報提供体制の整備」など、現在の官民の役割分担に通じる各項目が列挙されました。

 データをもっと業務的に使いたいというニーズの高まりとともに、この第18号答申によって気象予報業務の自由化と気象情報の民間利活用への提言がなされたのを受け、翌93年に気象業務法が改正されました。同改正法では一般向け予報に許可を拡大、「気象予報士」制度の創設、そして「民間気象業務支援センター」(以下、支援センター)の指定制度と同センターによる気象情報提供、等々が盛り込まれ、翌94年に施行されました。

 支援センターは、気象庁と民間気象事業者や報道機関をはじめとする気象情報利用者の間に立って、気象庁からのこれらの情報を利用者へ迅速かつ確実に提供する役割を担っています。気象庁が収集した観測データや、それらを元にスーパーコンピュータを用いて作成した数値予報結果等、気象庁が保有する即時的または非即時的な気象情報は、同センターへ申し込みをすることで企業や団体も入手可能です。昨年3月より、スーパーコンピュータシステムにクラウド技術を活用したデータ利用環境を整備し、運用を開始しました。このクラウド環境によって、これまで庁内利用にとどまっていた大容量データも、民間事業者等に提供することが可能となりました。