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激甚化する災害への対応/国土交通審議官 榊󠄀󠄀󠄀󠄀󠄀 真一氏

首都直下地震への対応

 南関東地域でM8クラスの巨大地震が発生したのは、直近は1923年の関東大震災(大正関東地震)であり、その前は1703年の元禄関東地震であるとされています。地震の専門家によると、この地域では200~400年間隔でM8クラスの巨大地震が発生しており、これらの巨大地震の間には、M7クラスの地震が何回も発生していることが分かっています。今年が関東大震災から100年ということを考えれば、M8クラスの地震については、当面、発生する可能性は低いと考えられますが、中長期的視野に立った対策等を考える上では考慮する必要があります。一方、M7クラスの首都直下地震は、今後30年以内に約70%の確率で発生すると言われていることから、この対策が急がれます。

 首都直下地震が発生した場合、最悪のケースでは、死者約2万3000人、全壊・焼失家屋約61万棟、被害額約95兆円、避難者は発災翌日で約300万人(注:ピークは2週間経過後の約720万人)、帰宅困難者は東京都で最大約490万人とされています。また、家庭内備蓄や自治体の公的備蓄だけでは物資が底をつき、発災後一週間の合計で食料約3400万食、飲料水約1700万リットル、毛布約37万枚等の物資が不足するとも予測されています。こうした想定に基づき、官民力を合わせてさまざまな防災対策を講じておく必要があります。

 では、膨大な人的・物的被害を少しでも小さくするためには、どうしたらよいか。まず、耐震化による建物被害の軽減が考えられます。2008年時点で全国の住宅の耐震化率は約79%でしたが、耐震化率が100%まで高まれば全壊棟数と死者数は約9割の減少が予測されるなど、大きな効果が期待されます。火災に対しては、出火防止対策が重要となります。感震ブレーカー等の設置による電気出火の防止や、初期消火成功率の向上等が図られた場合、火災被害は9割以上減少すると考えられます。建物の倒壊や火災を減らすことができれば、自ずと経済被害の軽減にも繋がり、これらの実現により経済被害を約半分に減らすことが可能です。

 政府の首都直下地震緊急対策推進基本計画では、その基本的な方針として首都中枢機能の確保、膨大な人的・物的被害への対応を掲げています。今後10年間で達成すべき減災目標として、想定される死者数約2万3000人、全壊・焼失棟数約61万棟をそれぞれ概ね半減させるべく、住宅の耐震化率を95%にまで高める、火災の危険性の高い密集市街地における感震ブレーカーの普及率25%を目指すなど具体的な数値目標を設定し、目標達成に向けて取り組みを進めているところです。

(資料:内閣府)
(資料:内閣府)

政府BCPにおける非常時優先業務

 同基本計画を踏まえ、①首都中枢機能を維持し、②国民生活および国民経済に及ぼす影響を最小化することを目的として、政府業務継続計画(政府BCP)を作成しております。首都直下地震発生時には、各閣僚と中央省庁幹部等の速やかな参集の下、初動体制の確立と情報の収集・分析、対処基本方針の策定、政府必須機能に該当する非常時優先業務の実施、国内外に向けた情報発信等を迅速に行います。

 政府は、例えば発災からおおむね三日目までの間は、被災地域において緊急輸送ルートを確保しながら人命救助を最優先に被災者の保護を行い被災地の混乱を可能な限り回避する、また国内外の信頼を失うことがないよう金融機能の安定を確保し国民経済上の混乱を回避する措置を取る、国民の日常生活に支障が生じないよう公共サービスの確保・提供を行う、国の存立に不可欠な防衛と外交、公共の安全と秩序の維持については中断することなくこれを実施することとしています。

 各省庁では、政府BCPに基づき、それぞれの所管分野に関するBCPを策定しており、一週間にわたって外部から庁舎に補給がなくても、非常時優先業務を実施できる体制の構築を目指しています。このため、地震発生時に参集できる職員の数をあらかじめ調査し参集要員を確保するとともに、庁舎の耐震化や非常用発電設備の設置、一週間分の燃料の確保、通信・情報システムのバックアップ、食料・水・簡易トイレ等は参集要員の一週間分に加えそれ以外の職員の分も3日分程度を備蓄する、といった各種の備えが講じられています。

 さらに、万一、首相官邸が使用できない場合には、内閣府、防衛省、立川広域防災基地の順序に従い、代替拠点へ移転する体制を整備しております。

 こうしたBCPの作成は、政府はもちろんですが、発災後のサプライチェーンの維持や経済活動の早期再開を実現するためには、産業界においても不可欠ではないかと考えています。各企業等の皆さまには、社員とその家族の安全確保を最優先としつつ、事業活動の維持・継続に向けて、ぜひBCPの作成をお願いしたいと思います。国の基本計画では、大企業では100%、中堅企業では50%の作成を目標としておりますが、現段階では大企業で7割、中堅企業で4割ほどにとどまっております。改めて社内でBCPの作成について検討していただきたいと思います。

首都直下地震が発生したらどうするか

 実際に首都直下地震が発生したらどう対応するのか。国では、災害応急対策活動に関する具体計画を作成しており、東京23区において震度6強以上の揺れが観測された場合には、被害の全容把握を待つことなく、直ちに災害応急対策を開始することとしています。

 具体計画では、人命救助に重要な72時間を意識しつつ、緊急輸送ルートや救助、医療、物資支援、燃料の各分野の目標行動を設定しています。例えば、救助・救急、消防等のため、警察、消防、自衛隊などからなる最大15万人規模の広域応援部隊や災害派遣医療チーム(DMAT(登録数1754チーム))が、全国から被災地を目指して駆け付けることとしています。また、生活必需品等の物資については、発災から3日間は家庭内備蓄や公的備蓄でしのいでいただく必要がありますが、発災後4~7日に必要な飲料水、食料、毛布、簡易トイレ等の物資を調達し、被災都県にプッシュ型で届けることとしています。ガソリン等燃料の不足も懸念されますが、発災した場合には石油業界の系列を超えた供給体制を確保し、緊急輸送ルート上の中核的なガソリンスタンド等に重点的に継続して供給することとしています。広域応援部隊等の人員や物資の移動のためには「緊急輸送ルート」の確保が不可欠です。このため、必要な緊急輸送ルートをあらかじめ計画に定め、発災後には直ちに緊急点検を行い、通行可否状況を集約して関係者と共有するとともに、迅速に道路啓開に当たることとしています。

 帰宅困難者対策も重要です。首都直下地震が発生した場合には、東京都内だけでも最大約490万人の帰宅困難者が発生すると推計されています。これらの方々が徒歩により一斉に帰宅した場合、歩道から車道に人があふれ、人命救助のための応急活動の妨げとなるおそれがあります。また、倒壊建物や瓦礫、火災、混雑による群衆事故によって二次災害が発生するおそれもあります。このため、地震発生時には、むやみに移動を開始しない「3日間の一斉帰宅抑制」を基本原則としているところです。国民の皆さまには、ぜひご理解とご協力をお願いします。また、企業等の皆さまには従業員等の施設内待機とそのための水や食料等の備蓄にご協力いただければと思います。3日間が経過した後は、徒歩で帰宅する方を支援するため、東京都では、コンビニやファミレス等の帰宅支援ステーションとなる施設を1万箇所以上確保しています。なお、地震発生時に多くの人の滞留が予想されるターミナル駅等においては、自治体や警察・消防、鉄道事業者、町内会や商店街等からなる駅前滞留者対策協議会が設置され、混雑防止の取り組みが進められているところです。

国民の皆さまへのお願い

 国ではさまざまな対策を講じてきていますが、ひとたび首都直下地震が発生すると大きな混乱は避けられません。そこで、国民の皆さまには、次のような点についてご協力をお願いしたいと考えております。

 まず、平時の備え。ご家族など大切な方の安否確認の方法や避難場所についてあらかじめ確認しておいていただきたいと思います。通信事業者では災害用伝言ダイヤルや災害用伝言板などのサービスも用意されています。また、最低3日分(できれば1週間分)の水・食料・携帯トイレ等生活必需品の備蓄をお願いします。毎日使う食料等のストックを少し多めに確保し、使った分だけ買い足すローリングストック方式も有効です。そして、ご家庭での地震対策。家具の固定等は大丈夫でしょうか。

 発災時には、まずは地震の揺れから身を守ること、市街地火災から避難すること。電気出火が心配されることから避難の際にはブレーカーを落としていただきますようお願いします。また、逃げる際には自動車を利用しないこと。帰宅困難者の方々はむやみに移動を開始しないこと。皆が動けば、皆が動けなくなってしまいます。物資や燃料の買いだめ・買い急ぎをせずに、ご近所で助け合っていただくことが大切です。

 関東大震災から100年目の今年、家庭や職場等で「防災」について改めて考える契機としていただければ、幸いです。
                                                (月刊『時評』2023年8月号掲載)

(資料:内閣府)
(資料:内閣府)