
2025/07/22
――複合災害対策以外でも近年、国土交通省では「流域治水」による水災害対策を推進しています。本対策における砂防の取り組みについて、また、それ以外にも注力している取り組みなどがありましたらお聞かせください。
草野 気候変動の影響や社会状況の変化などを踏まえて、河川管理者などが主体となって国・都道府県・市町村・住民などのあらゆる関係者が協働して水災害・土砂災害を防ぎ、被害を減少させるとして取り組みが推進されている「流域治水」ですが、その中で砂防は以前から「いのち」を守る、「くらし」を守る、「みどり」で守る――を標榜しています。特に「いのち」と「くらし」を守るというのが大きなテーマになっていますし、環境への配慮・関心が高まる中で自然の力を活用する「みどり」で守るについては、国土の4分の3を山地が占めるわが国においては避けて通れない重要な取り組みと感じています。
そして自然災害の激甚化・頻発化とともに土砂災害の発生件数は年々増加傾向にあり、土砂・洪水氾濫などの大規模な土砂災害が全国で発生しています。こうした土砂災害に対して砂防事業ではハード・ソフト一体となった多層的な土砂災害対策、具体的には河川、道路、上下水道、林野などの各事業と連携した「土砂・洪水氾濫対策」、「インフラ・ライフライン保全対策」、「流域流木対策」を推進するとともに「まちづくり計画」とも連携した土砂災害対策を実施しています。
また流域治水の枠内に限定はしませんが、今年度より追加した事業に「災害復旧事業による砂防堰堤の緊急除石」があります。砂防堰堤が土石流を捕捉した場合、土砂や流木によってポケットが埋塞し、一時的にその機能を失うことになります。土砂災害が頻発する中、砂防施設は発災後、早急に再度災害の防止に備える必要がありますので、災害復旧事業として除石ができるように今回制度を拡充することができました。
これら以外にも、2050年カーボンニュートラル実現に向けた取り組みとして「砂防堰堤を活用した小水力発電の普及・拡大」もあります。小水力発電施設としてのポテンシャルを有する既存の砂防堰堤で発電事業者などの小水力発電参入を支援し、既存インフラの活用によるエネルギーの創出を図るというものです。既に山形県大蔵村では砂防堰堤に設置された小水力発電により、村内1000世帯の使用量に相当するエネルギーの発電ができるようになっているところもあります。なお砂防堰堤を活用した小水力発電には、再生可能エネルギーのポテンシャル向上に係る検討・検証や発電事業者の円滑な参入に向けた取り組みの推進や申請手続きが煩雑にならないような仕組みづくりが必要でした。そのため審査項目や判断基準などの統一化を図り、大蔵村をはじめとする優良事例を展開することで新規参入を促せるようにもしています。
砂防分野における防災DXと昨年の施設効果事例
――新しい取り組みとしては、デジタル技術(DX)を活用した土砂災害対策などにも関心が高まっています。この点についてはいかがでしょうか。
草野 これまでも災害現場など人が立ち入ることができない場所の工事のために、無人の施工機械を使用することはありました。この技術は無人化施工や遠隔施工などと呼ばれていますが、そういった意味で砂防(災害対策)とDXの親和性は高いと考えています。
例えば既に工事は終了していますが、近畿地方整備局紀伊山系砂防事務所の赤谷第3砂防堰堤工事では砂防事業としてははじめての自動化施工を実施。また能登半島地震では、発災直後から人工衛星画像を用いて土砂移動の恐れのある箇所を早急に収集・把握。その後速やかに抽出した箇所について、防災ヘリによる現地調査を実施し、土砂災害箇所の特定および応急対策を実施したり、複数発生した河道閉塞箇所についてはドローンを用いた調査やヘリコプターによる設置が可能な小型の投下型水位計での水位監視を実施して河道閉塞の監視体制を構築したりしました。
今後は人工衛星画像からの土砂移動発生箇所抽出の自動抽出やドローンなどの活用による高精度・高頻度な調査の自動化といったデジタル技術を活用した土砂災害調査のさらなる高度化が求められるようになるかもしれません。現在、官民連携した防災DXの活用が推進されていますので、そうした動きとも連携していきたいと考えています。
土砂災害防止(砂防)の周知に向けて
――頻発化する土砂災害に対し、砂防関連施設が被害を抑えた、低減させたという報告があります。昨年(2024年)の施設効果事例として代表的なもの、あるいは特徴的な事例としてはどういったものがあったのでしょうか。
草野 能登半島地震でも、これまでに設置した砂防施設が被害の拡大を防いだという報告があります。また昨年、降雨が多かった地域には山形県が挙げられますが、同県の最上川水系銅山川流域は、火山噴出物からなる脆弱な地質で崩壊地や地すべり地が多数存在していました。そのため1937(昭和12)年から直轄砂防事業に着手していましたが、昨年7月25日に発生した豪雨により斜面崩壊が発生。大量の土砂や流木が発生しましたが、設置された砂防堰堤(桝玉第2砂防堰堤)が効果を発揮して発電所などの下流域への被害を未然に防止したという報告があります。それ以外にも、長野県松本市の八右衛門沢堆積工、岩手県下閉伊郡岩泉町の松林の沢(新)砂防堰堤――なども効果事例として報告されています。
――こうした事例を伺うと、砂防の重要性を再認識しますね。
草野 一般の方が砂防堰堤をはじめとする砂防施設を実際に目にする機会は少ないかもしれませんが、土砂災害が増加している中、多くの方に砂防を知っていただく契機になれば嬉しいですね。そういった意味では、効果事例の他にも実際の砂防施設を見て、学んで、体験することで防災啓発に役立てる「ダイナミックSABOプロジェクト」を全国で展開しています。プロジェクトは砂防施設が存在する地元自治体や民間企業が施設を観光資源として活用することで防災啓発や地域活性化に役立てようと企画したもので、北海道美瑛町の「青い池」(美瑛町ブロック堰堤)や秋田県仙北町の「ボルダリングウォール」(水沢第2砂防堰堤)、長野県小谷村の「おたりの砂防ダムツアー」(里見2号砂防堰堤など)は好評を博していると聞いています。
そして毎年、6月の土砂災害防止月間には「土砂災害防止全国の集い」が開催されています。43回目となる今年は宮城県で開催され、「岩手・宮城内陸地震」(2008年)と「令和元年東日本台風」(2019年)の二つの土砂災害を経験した宮城県より複合災害に備える、をテーマに開催されます。こうしたイベントなどを通じて多くの方に砂防を知っていただく機会にできればと考えています。
――国土の約75%が山地であり、豊かな自然に囲まれているわが国。また「災害大国」と呼ばれるほど自然災害の発生率も高いことから、砂防政策の重要性は増すばかりです。最後に砂防政策・土砂災害対策の実現に向けた今後の展望、あるいは政策実現に向けた思いや意気込みについてお聞かせください。
草野 冒頭の繰り返しになりますが、自然災害が激甚化・頻発化しています。特に雨の降り方が激しくなってきており、土砂災害発生の件数も確実に増加しています。激しさを増す土砂災害を防ぐために最も効果的なのは砂防施設などのハード対策ですので、国土強靱化の予算を含めて、必要な予算はしっかりと確保していかなければいけません。しかし、「いのち」や「くらし」を守る防災とはいえ、予算も無限にあるわけではありませんので先述したDXの活用などで省人化、省力化を図ることはもちろん、それ以外にも例えば砂防施設の設計を状況にあわせて変化させたり、災害の発生規模を想定して必要十分な施設規模に抑えて、設置箇所を増やすなど、新しい防災の取り組みを進めていく必要があるとも考えています。
また「みどり」で守るに関連してですが、せっかく多くの山地・森林を有するわが国ですのでグリーンインフラやネイチャー・ベスト・ソリューションなど自然の力を活用することで斜面崩壊を防ぐ、そんな防災にも砂防らしく力を入れていければと考えています。
――本日はありがとうございました。
(月刊『時評』2025年6月号掲載)