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転換期を迎えた日本の国土政策/国土交通省大臣官房審議官 藤田 昌邦氏

―新たな構想をもとに国土と地域の今後を展望する―

ふじた まさくに/昭和44年6月24日生まれ、大分県出身。名古屋大学経済学部卒業。平成5年国土庁入庁、30年内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(事業推進担当)、令和2年国土交通省国土政策局総合計画課長、3年水管理・国土保全局総務課長、4年(一財)建設業振興基金経営基盤整備支援センター研究部長、6年国土交通省大臣官房審議官(国土政策局担当)、7年7月より現職。
ふじた まさくに/昭和44年6月24日生まれ、大分県出身。名古屋大学経済学部卒業。平成5年国土庁入庁、30年内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(事業推進担当)、令和2年国土交通省国土政策局総合計画課長、3年水管理・国土保全局総務課長、4年(一財)建設業振興基金経営基盤整備支援センター研究部長、6年国土交通省大臣官房審議官(国土政策局担当)、7年7月より現職。


 日本は戦後、より良い国土の形成を目指して国土計画を策定、そして時代に応じた改定を行ってきた。しかし人口減時代を迎え、国土政策自体が大きな転換期を迎えつつある。カギとなるのは、民間を主体とし行政の枠を越えた新たな「地域生活圏」の形成だ。同構想の特長と利点、求められる背景等について、藤田昌邦大臣官房審議官に、国土政策としての観点から解説してもらった。




全総から国土形成計画へ

 今回、表題に転換期と表記しましたように、日本は2008年から人口減少局面に移行しました。その人口減時代において、この国を今後どのような方向にもっていくのが望ましいのか、私見も交えて展望してみたいと思います。

 まずは、これまでの主な国土計画の経緯を振り返ってみましょう。戦後すぐの1945年9月、内務省(当時)国土局にて国土計画基本方針をつくったのが、戦後の国土計画のスタートとなります。その後、50年に成立した国土総合開発法では、四つの計画制度が内包されており、その筆頭が62年に閣議決定された〝全総〟こと全国総合開発計画です。法制定から閣議決定まで12年間経っていますが、これはその間に他の計画、つまり河川開発を中心に戦後復興を実践していくことを目指した特定地域総合開発計画という計画を、先んじて策定・実施してきたことに由来しています。関東圏向けの水力発電等を目的とした奥只見地域をはじめ、各地のダム整備なども同計画に含まれました。

 その後、前述の全総がスタートしたわけですが、そもそもこの全総(一全総)は当時の池田内閣が掲げた、太平洋ベルト地帯構想を含む所得倍増計画の批判への対応からスタートしています。以後、国土総合開発法に基づいて計画を作ったのが計5回、その後は開発を主眼とするより国土の維持・管理に重点を置くべきとの発想の下、国土形成計画法へと名前を改め、これに基づき過去3回、国土形成計画を打ち出してきました。最新は2023年に閣議決定した第3次国土形成計画で、現行計画となります。

国土計画づくりが難しい時代に

 振り返ると、1962年の全総に「地域間の均衡ある発展」を基本目標として拠点開発構想を掲げ、69年の新全総で「豊かな環境の創造」を目標に大規模開発プロジェクト構想として新幹線や高速道路等のネットワーク整備を目指しました。しかし、この頃から公害問題が深刻となり、73年にはオイルショックも発生します。そこで開発重視の計画から転換し、77年の三全総では「人間居住の総合的環境の整備」を基本目標に、過密過疎問題への対応を主眼として定住構想を打ち出しました。

 続いて87年の四全総では東京一極集中が問題視されたのを受け、「多極分散型国土の構築」をキーワードに、交流ネットワーク構想を打ち出しました。具体的には〝全国1日交流圏〟という概念のもと、高規格幹線道路の整備により地方都市から主要都市へのアクセスを、おおむね1時間で可能にするというものです。

 さらに98年は全総の名を外し、21世紀の国土のグランドデザインとの名を冠して、「多軸型国土構造形成の基礎づくり」を基本目標に、参加と連携をキーワードとした四つの戦略を列挙しました。この頃から行政カラー一辺倒ではなく、民間をはじめ多様な主体の参加を求める方向へシフトしています。

 そして今世紀に入り、2008年に改正法に基づく第一次の国土形成計画が策定されました。ここでは、行政ばかりではなく「新たな公」を基軸とする地域づくりを掲げています。さらに15年の第二次国土形成計画では、人々の対流がイノベーションを生むという発想の下、「対流促進型国土の形成」を掲げ、国土および地域構造としての「コンパクト+ネットワーク」の形成を図りました。

 これらの経緯を経て、現行の第3次国土形成計画においては、人口や諸機能の広域的な分散を掲げています。例としては、リニア新幹線開通による波及効果を日本全体にもたらす、あるいは総合交通体系の高質化やデジタルの徹底活用等を目指しています。中でも最も重要なポイントは、人口減少局面でも人々が生き生きと安心して暮らせる国土の形成を目指すべく、地方の中心的な都市を核とした「地域生活圏」の形成を掲げた点です。この実現に向けては、「デジタルとリアルの融合による地域課題解決と地域の魅力向上」がポイントとされています。

 こうした一連の国土計画は、〝目指すべき国づくりを推進するエンジンとなる〟ことを企図したものであり、国土形成計画と国土利用計画が一体となって統一性を持った方向付けを行うことで、国土に関わる幅広い分野の計画・政策が体系的に展開されていきます。このように、長期を見通し整合性をもって目指すべき国土を実現していくことが国土計画の意義であると考えています。このような方針に基づき、全総以来さまざまな関連法を整備してきました。実際に高速道路の整備率、一般道の舗装率などは大幅に向上し、新幹線の営業キロも1970年当時の約550キロメートルに比べ、2025年では約3200キロメートルに延伸されました。

 ただ現在は、国土計画を考えるのが非常に難しくなっています。主にキャッチアップを目指していた全総時代と異なり、国土形成計画時代の現在は価値観が多様化し、一つの方向へ進むことがなかなか難しい時代になっています。しかしながら〝国土計画が無くてよい〟というわけではありません。国土の脆弱性が問われる現在、国土計画は時代の変化に対応しながらも、一定の役割を果たしていくべきもの、と私は思います。

東京一極集中型国土の是正を

 そして現在の国土計画を考える上で不可避なポイントが、人口減への対応、という点です。端的に申せば、東京一極集中型国土を人口減少社会においても続けていくのか、これが大きなテーマになると思われます。加えて今般の不安定化する国際情勢を鑑みると、わが国でも国土をどのように守っていくべきか、考えざるを得ない展開になるかもしれません。

 戦後以降、東京圏への転入超過傾向は、多少の変動はありつつもおおむね継続しており、今なお東京一極集中の構造は是正されるに至っていません。高度経済成長時代は関西・名古屋圏にも地方から人口が集中したのですが、バブル期以後はほぼ東京圏のみに人が集中しています。また2010年以降、女性の転入超過が男性のそれを上回るという傾向が続いています。東京圏に転入した理由を問うアンケートでは、「地元では希望の職種が見つからない」「賃金等の待遇の良い仕事が見つからない」と仕事に関する理由を答えた割合が、男女とも多数ではあるものの、それでも女性よりは男性の方が仕事を理由とする回答が多くなっています。逆に「日常生活が不便」「人間関係やコミュニティに閉塞感」「レジャーや文化施設が少ない」等の、生活環境や人間関係に関わる理由は女性の回答率が男性のそれを上回っていました。女性の転入超過が男性を上回っている現状を鑑みると、雇用や職種もさることながら、地方・地域に住み続けることへの魅力を打ち出さないと地元に人が残らない、こういう点も考えていくべきかと思います。

 また、可処分所得と基礎支出をもとに都道府県別の経済的豊かさを算出したところ、東京は全世帯では可処分所得が全国で最も高いものの、上位から40~60%の所得層、すなわち中央世帯を抽出すると全国5位にダウンする、つまり超高額所得者が東京全体の可処分所得を引き上げているという構図になります。この中央世帯の可処分所得から食・住関連の基礎支出を引いた差額を見ると、東京は全国で25位、さらに往復の通勤時間で消費した価値を金銭換算してこれを差し引くと東京は40位でした。つまり、東京在住者は自然等には恵まれていないが経済的には豊かであると思われがちですが、実は中央世帯でみれば、経済的にも必ずしも豊かさを享受しているわけではない、日々の生活で金銭的にも苦労している人が少なくない、と言えるでしょう。

 日本の総人口は1967年に初めて1億人を突破し、今後2050年ごろに再び1億人程度まで減少する見込みです。しかし、同じ1億人であってもその段階の人口分布はかつてのそれとは異なっており、地方はより一層人口減が進行すると想定されています。東京は1967年比で158%の人口増となる一方、東北の35%減を筆頭に、北海道、北陸、中国・四国はいずれも20%台の人口減となります。さらにその先、2070年段階では、日本の国土において、1キロメートルメッシュベースで現在人が住んでいる地域の約3割が、人の住まない無居住地域となるとも推計されています。現時点で人口規模が小さい市区町村ほどさらに人口減少率が高くなる傾向にもあるため、このままでは都市部、東京圏への人口流入による地域偏在に拍車がかかることとなります。こうした東京への一極集中を是正するために、これまでさまざまな施策が講じられてきましたが、なかなかうまく機能していません。