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わが国の対中南米外交/外務省 野口 泰氏

――グローバルサウスで注目される中南米の最新動向――

のぐち やすし/昭和41年5月7日生まれ、山口県出身。京都大学法学部卒業。平成2年外務省入省。23年中南米局中米カリブ課長、25年総合外交政策局軍縮不拡散・科学部軍備管理軍縮課長、27年宮崎県警本部長、29年外務省在サンパウロ日本国総領事館総領事、令和2年防衛省防衛政策局次長、4年外務省在サンフランシスコ日本国総領事館総領事等を経て、5年9月より現職。
のぐち やすし/昭和41年5月7日生まれ、山口県出身。京都大学法学部卒業。平成2年外務省入省。23年中南米局中米カリブ課長、25年総合外交政策局軍縮不拡散・科学部軍備管理軍縮課長、27年宮崎県警本部長、29年外務省在サンパウロ日本国総領事館総領事、令和2年防衛省防衛政策局次長、4年外務省在サンフランシスコ日本国総領事館総領事等を経て、5年9月より現職。


 国際社会が変動する現在、政治・経済の両面でグローバルサウスの存在がクローズアップされてきた。その中でも中南米は、豊富な資源を有するフロンティアとして、今後の日本経済において存在意義を増していくと言われている。わが国は今後どのようなスタンスで各国に臨むべきなのか。中南米と一口に言っても各国一様ではない政治動向、経済発展の進捗状況について野口局長に最新事情を解説してもらった。

外務省中南米局長
野口 泰氏



各国が中南米に注目

 私は2023年9月に中南米局長に就任しました。10年前に中米カリブ課長として中南米局にいた時と比べて、世界の中で中南米(ラテンアメリカ・カリブ諸国)の重要性が高まっていると感じています。

 元来、中南米は鉱物やエネルギー、食料などの資源に恵まれていて、世界有数の資源供給元でした。日本も銅や鉄鉱石、大豆やトウモロコシに鶏肉……、その他にも主要資源・食料の多くを中南米から調達しています。

 近年ではロシアによるウクライナ侵略の影響で世界的に資源価格が高騰してきました。中東やヨーロッパで紛争が頻発する一方、中南米は国家間の関係が落ち着いている地域であり、堅実な資源供給元としての存在が際立ってきたわけです。

 また、グローバルな国際分業化の流れに乗って製造拠点の立地が増えており、今やサプライチェーンの強靭化を考える上では中南米との関係が不可欠になってきました。

 中国や欧州が関わりを強める中、バイデン政権下の米国も中南米に対して再び関与を強化しています。

 米国の中南米に対する主要関心事項は主に三つあり、(1)ハイレベル経済対話(サプライチェーンや対中米協力)とハイレベル安全対話の実施などを通じたメキシコとの関係強化、(2)中米移民の根本原因への対処、(3)反米的な地域(ベネズエラ、キューバ、ニカラグア)およびハイチなど不安定な地域への対処、です。

 最近では中国からメキシコ経由で米国に流入する「フェンタニル」という危険なドラッグが多くの死者を出しており、早急な対策が必要ですし、中米からの不法移民も後を絶ちません。また2010年1月の大地震に襲われたハイチでは危うかった政情がますます悪化し、一部地域はギャング集団が跋扈する状態になってしまいました。これを国としてどう安定させていくかは米国が重視している課題の一つであり、わが国も積極的に貢献しています。

 22年6月には、米国が米州の首脳を集めて28年ぶりとなる「第9回米州サミット」を開きました。この時に提唱された経済協力の枠組み「APEP(経済的繁栄のた秩序の維持〟という方針を打ち出してきました。いわゆるグローバルサウスとの連携強化には、単に自国の資源確保という意味を超えた重要性があると考えています。特に、中南米は、民主主義、自由、法の支配といった価値や原則を共有する国が多数を占めます。われわれとしては、中南米は、①経済面でのポテンシャル、②基本的価値の共有、③日系社会などこれまで積み重ねてきた日本と中南米の絆や日本への信頼を醸成する礎、という三つの特徴をもつ重要な地域だと捉えていて、これを前提に外交政策を進めているところです。

(資料:外務省)
(資料:外務省)

①大きな経済的潜在力

 世界人口の8・4%を占める約6・6億人の中南米人口は安定的な増加が続いています。2050年の世界GDPランキングではブラジルが今の11位から8位へ、メキシコが今の14位から11位へという成長が見込まれ、経済的な潜在力を背景に今後大型インフラの需要も高まると期待されています。
 その中で現在、中南米で非常にポテンシャルが期待され各国が熱心に取り組んでいるのは再生可能エネルギー事業です。水力・太陽光・風力・バイオ等の自然エネルギーが豊富な土地である他、水素戦略を策定するなど再エネ生産のための事業環境を整備する国も増えてきました。

 ブラジルでは国家主導でバイオエタノールを生産しており、日本企業もエタノールを燃料に走行できるハイブリッド車を開発しています。チリでは製造工程でCO2を排出せずにつくる「グリーン水素」の開発が有望視されており、研究機関のリサーチによれば日本が今後水素を調達する相手として有望であるとのことです。

②基本的価値を共有する国際場裡の一大勢力

 中南米には33もの国があり、その全てが国連に加盟しているため、国連加盟国の17%を占める一大勢力となっています。近年では国連総会において、ウクライナ侵略に関するロシア非難決議には中南米のほとんどの国が賛成しました。アジアなど他の地域と比べても賛成する国の比率が高かったのです。
 いわゆるグローバルサウスを含む新興国・途上国の中でも、民主主義・法の支配・市場経済主義といった基本的価値や原則を共有できて、政治面でもわが国と近いスタンスを有するという特徴は貴重であり、外交政策上のアセット(利点)になります。

 中南米では左派や中道左派の政権が増加傾向にあります。歴史的に貧富の格差が大きな国が多く、貧困層を抱える国では民主主義が定着するにつれて選挙の都度、左派政権へ人気が集まる傾向が見られます。同時に、左派政権の失敗が目立つと反動として一時的に過激な右派候補が選ばれる特徴も見られ、例えばブラジルでも中道左派政権による失政の反動でボルソナーロ大統領による急進的な右派政権が誕生し、その後ルーラ大統領による中道左派政権に戻るという経緯がありました。

 中南米には多様な国家間の枠組みがあります。カリブ地域で海に面した14カ国1地域は1973年からCARICOM(カリブ共同体)を結成して外交政策の調整を行い単一市場を目指していますし、エルサルバドル・グアテマラ・コスタリカ・ニカラグア・パナマ・ベリーズ・ホンジュラス・ドミニカ共和国の8カ国で91年に発足したSICA(中米統合機構)は域内の関税撤廃を進めてきました。95年に発足したメルコスール(南米南部共同市場)はアルゼンチン・ブラジル・パラグアイ・ウルグアイによる貿易圏で、関税同盟になっています。

 さらに2011年に中南米の全33カ国首脳による対話の場としてCELAC(ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体)が結成され、年に1回程度の会合を開催してきました。23年初頭のCELACには米国が初めて大統領特使を派遣し、首脳レベルでの対応姿勢を打ち出しています。ブラジルがボルソナーロ政権になってから参加を拒否していましたが、ルーラ政権に戻ってからは協調姿勢になり、今ではCELACが再び機能し始めたようです。12年にはメキシコ・コロンビア・ペルー・チリが集まって太平洋同盟(Pacific Alliance ) を発足させ、既に98%の域内関税を撤廃しました。

 内側だけでなく、中南米は他の国や地域との経済的枠組みや相互協力の協定を構築しています。中南米の大多数は、ルールに基づく自由で公正な経済秩序を一貫して支持しています。FTAの先進地域であり、2005年発効の日墨EPAは日本にとって農業分野を含めた最初の本格的なEPAでした。日本も加盟するOECD(経済協力開発機構)にはチリ・メキシコ・コロンビア、コスタリカが入っていますし、今後も自由で開かれた市場経済の発展という共通した価値観による相互協力が期待できるはずです。

③日本と中南米の歴史ある絆や日本への信頼を醸成する礎

 中南米には約240万人とも言われる世界最大の日系人コミュニティがあり、両国の架け橋になってきました。さらに日本からの経済協力や投資の積み重ねもあって、中南米の多くの国は日本との関係を大事にしてくれています。

 開発協力実績の中でも代表的な成功例は1970年代に始まった「セラード開発」だと思います。当時大豆の輸入を多角化したかった日本がリサーチを行った結果、国土や水資源が豊富、日系人の存在もある等、ブラジルを有望視して断行した画期的な農業開発協力事業です。〝不毛の土地〟と呼ばれていたほど作付が難しかったセラード地帯で日本の資金協力と技術協力が奏功し、世界でも有数の大豆生産地を作り上げました。農業史に残る奇跡とも言われますが、今やわが国にとってブラジルは欠かすことのできない食料供給元になっており、食料危機が危惧される今日的にも非常に意義のあるプロジェクトだったわけです。

 他にも、日本式の地上デジタルテレビ方式の導入も成功例の一つです。最初にブラジルと組んで「日伯方式」という地上デジタルテレビ方式の技術を確立し、中南米の多くの国へ横展開していきました。

 100年以上の親日感情の歴史があり負の歴史遺産がないという良好な基盤も、非常に大きな外交上のアセットです。

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