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集中連載:経済安全保障/小林鷹之経済安全保障担当大臣

経済安保イコール規制強化ではない

――前述四つの柱を進めるにあたり注意すべき点などは。

小林 昨年の段階で岸田総理から法制化を急ぐべし、とのご指示をいただいておりますが、私自身、政府内の検討のみにより法案作成を図ると方向性を誤る可能性があるので、多様な視点からご意見を頂くため有識者会議を立ち上げるべきと考えていました。

 メディアにおいては、経済安全保障イコール規制強化、の図式で発信されるケースも見受けられますが、この点は私が記者会見等の場で繰り返し、リスク顕在化抑制の意義、そして一部規制がかかる部分が生じることは確かであるものの、基本はバランス重視であることを説明してきました。同時に、民間が主体となってサプライチェーン強靱化や革新的技術の育成と保護に取り組むのであれば、国としても伴走支援することを発信しています。この趣旨は報道等ではなかなか伝わりにくいところですが、引き続き粘り強く法案審議の過程でも説明していきたいと思っています。

――第一国出願義務に関しては違反した場合、罰則規定も設ける方針とのことですが、お話を聞くと国際的にはごく一般的な制度のようですね。

小林 国ごとに法律の内容は異なりますが、何らかの制約を設けている国がほとんどです。確かに、罰則を一切設けず民間企業に対し要請のみで経済安全保障が担保されるのが理想ではありますが、現実には難しい。各国とも、安全保障上重要な発明は特許を非公開とする法律や制度を設けており、例えばウラン濃縮技術についてテロ組織などが入手したら大変な事態になる恐れがあるため技術の公開を止めてもらう必要がある、という場合に罰則なくして実効性をもって止められるのか。適用は必要な範囲に抑えるべきですし、その際の透明性確保や説明責任を果たすのは当然だとしても、何ら罰則を設けないというのは現実的には考えにくいでしょう。政府としては、民間の活動に十分配慮した上で制度を構築していきますので、その点をご理解いただければと思います。

――「日本の強みの把握」に関連してシンクタンク立ち上げのお話がありましたが、どのようなイメージのものなのでしょう。

小林 そのシンクタンクの在り方も含めて、すでに政策研究大学院大学(GRIPS)に委託調査をお願いしています。今後はその調査結果を踏まえて、目指すべきシンクタンクのありようについて検討を進めることになります。

 私は霞が関こそ国内最大のシンクタンクだと認識していますが、今後本格的に立ち上げるシンクタンクの内容がどうあれ、霞が関との連携は不可欠だと思いますし、民間企業やアカデミアが有する豊富な知見も十分に取り入れていくべきでしょう。民間からの意見に真摯に耳を傾ける霞が関でなければ良質な政策立案は覚束ないと思っています。

――ポスト・コロナ後は留学生の受け入れも再開されると思いますが、この点でも経済安全保障とのバランスが求められますね。

小林 アカデミアとの連携や協力体制の構築が欠かせません。既に昨年の段階で研究の健全性・公正性を強化すべく、研究者が公的資金を申請する際に、ほかにも外国政府から資金提供を受けている場合にはその申告を求めるといったガイドラインを定めるなど、技術流出を防止するための手立てを講じています。

 経済安全保障体制全体の強化という点では、20年春に国家安全保障局(NSS)内に経済班が設置され、岸田政権発足後には関係閣僚による経済安全保障推進会議が立ち上がりました。さらに令和4年度予算案では、経済安全保障に関わる定員約250名増も要求しています。定員強化には、ご指摘の留学生や外国人研究者に対する審査体制の強化をはじめ、外為法上の対内直接投資の審査や規制など、多様な分野の体制構築が含まれます。

国民全体における意識の高まりを

――経済安全保障を実現していくにあたり、今後の展望や足下の課題などありましたら。

小林 法制化に向けては現在のところ、関係省庁から抜擢された職員が、相互連携しながら連日法案づくりに注力しています。自分がこれまで取り組んできた構想の一部が、皆の努力の下で形になっていくのを見て確かな手ごたえを感じています。

 また、法制化の作業と並行して、現在〝リスク点検〟を実施しています。これは各省庁所管の主要産業に対し、リスクシナリオを想定してどのような所に脆弱性が潜んでいるのか、リスク発生時の態勢は構築されているのか等をチェックする作業です。この点検中に新たな課題が浮き彫りになると思われますので、その点は着実に対応を図っていくつもりです。

 それとは別に重要なのは、経済安全保障に対する国民全体の意識をいかに高めていくかだと私は考えています。法案審議が経済安全保障に関心を寄せる契機となれば何よりです。産業界、アカデミア、政治家、そして国民からの意識の高まりに期待したいところです。また、先ほど法案における四つの柱についてお話しましたが、それぞれ異なる個別分野の措置を、経済安全保障の観点で横串を通し一つの法案に内包するという方式は、余り他の国には見られないものです。その意味では、日本の経済安全保障の法制化に注目している国もあるでしょう。

――政府、行政においても、さらなる意識の高まりが必要であると。

小林 現状では、政府内および霞が関各省庁においても経済安全保障への意識に濃淡があるのは確かです。とはいえ法案作りに携わる職員たちがいずれ出身省庁に戻り、新たな職員が参画するというサイクルで、経済官庁を中心に経済安全保障に対する意識が浸透していくものと期待しています。

 経済安全保障の議論は、主要国の状況や動向ももちろん重要ですが、何よりもまずわれわれ日本としてはどうするべきなのか、基軸となる考え方の形成が欠かせません。基軸が無ければ、同盟国や同志国との連携と言っても、実態は追随にとどまる可能性もあります。そして基軸の形成にはその前提として産官学そして国民の深い問題意識醸成が必要なのです。今後、国会等の場で議論を深め、それにより日本としての経済安全保障の基軸を打ち出していきたいと考えています。

――本日はありがとうございました。
                                                 (月刊『時評』2022年3月号掲載)