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【末松広行・トップの決断】酒井 孝志 氏

社会実験を実践する機会として

明石海峡大橋
明石海峡大橋

末松 橋梁そのものとしても大変巨大な構造物で、これ自体が今や大切な観光資源となっているようですね。実際に、開通当時は橋を渡りに行く人も多かったそうですから。

酒井 はい、明石海峡大橋は開通から23年が経ちましたが、現在も「世界最長のつり橋」としてギネスブックに載っています。また、尾道市と今治市の間の島々をつなぐ、しまなみ海道の最南の橋梁、来島海峡大橋は長いつり橋が三つ連続する世界初の3連つり橋として注目されました。瀬戸大橋も供用当初は道路鉄道併用橋としては世界一でした。当時の公団関係者はもちろん、アカデミズムから多数の専門家や土木・橋梁の企業の皆さまが集まって実験を繰り返し、技術を発展させて、〝世界一〟の橋を相次いで架けたのです。近々、トルコでギネス級の長大橋が完成する予定ですが、これらの橋もわれわれ本四架橋の技術を参考にしています。

末松 そうした状況下、今般のコロナ禍の影響と、その対応はいかがですか。

酒井 瀬戸内エリア一帯の飲食・宿泊はもちろん、移動制限により交通量が大きく影響を受けました。航空機の国内線旅客数は約5割減、新幹線等鉄道の旅客数は約3割減という状況です。その中で、われわれ本四高速に関する交通量は、約2割減にとどめることができました。この点はやはり物流が維持された面が大きく、実際にコロナ以前と以後とで物流系の交通量はほとんど変わっていません。一方で減少したのは小型車中心のマイカーや大型観光バスですね。大型観光バスの交通量などは、コロナ拡大の波とまさしく波長を合わせて増減しました。本四道路はNEXCO各社と比べて観光利用の比重が比較的高く、昨年度よりは幾分回復していますが、この分野は今年度も厳しい状況が続いています。

末松 感染防止対策としてはどのような方策を?

酒井 料金所をはじめ、SA(サービスエリア)、PA(パーキングエリア)での感染防止には、ことに気を配りました。お客さまに接する従業員等の感染防止対策の徹底や緊急事態宣言等が発せられた際には自治体等の要請に応え営業時間の短縮などを行っています。また、道路パトロールや道路情報を提供する管制業務など24時間365日実施すべき業務は事業継続の観点から欠勤者の発生に備えたバックアップ体制を整備しました。テレワークについては、新型コロナ以前から〝働き方改革〟の流れで導入を進めつつあったのですが、コロナ禍の始まりと同時に一気に加速した感があります。

末松 ちょうど、組織運営が変化するタイミングだったと。

酒井 このテレワーク然り、通常の生活であればできない社会実験が、このコロナ禍であるからこそトライアルできる、また策定しておいたBCP(事業継続計画)を身をもって体現できる、と社員に話しています。そういう意味で、交通量が減って厳しい状況下ではありますが、ETC等から収集された各種データをもとに、平常時の需要層がどう変化したのかなど、さまざまな分析を行い、得られた結果をアフター・コロナに生かすよう指示しています。コロナが終息した暁に、どのような分野のお客さまにどういう働きかけをするのが最も効果的か、今はそれを研究できるまたとない機会である、と。

〝SA・PAの目的地化〟

末松 SAなどでは、どのように利用者利便性を高めるご努力をされておられるのでしょう。

酒井 われわれが所管するSA・PAのなかで最大規模のものは、橋を含め明石海峡を一望できる「淡路SA」です。世界最長の橋を眺めるために、多くの方に淡路SAにお越しいただいているわけです。それは単なる道路上の休憩所、という存在ではありません。つまり、〝SA・PAの目的地化〟とも言えるでしょう。ただ、NEXCO各社さんですと、新たな道路建設に伴い新しいSA・PAが設置されます。それは新たなお客さまの来訪だけでなく、常に最新の利用動向の情報を得てSA・Pにフィードバックする機会を生むことを意味します。

 しかし、われわれは3ルートの供用開始後、新たな道路建設をしてないため、結果として既に20年以上、新しいSA・PAを造っていません。従って、どうしてもトレンド情報に疎くなりがちです。淡路SAなどは、立地環境は最高なのですから、もっとその魅力を高めていかねばなりません。

 その点、われわれが一つの参考にしたいのが、各地でにぎわいを見せている道の駅です。むろんSA・PAは高速道路のお客さまが対象となりますが、一般道からもご利用できるようパブリック・ゲートなどを設けた多機能化したSA・PAや、地元の農協さんや商工会議所さんと連携しながら地域の産品を販売するという地域マルシェのような形態のSA・PAも徐々に立ち上げつつあります。ちょうど2月初旬に農林水産省中国四国農政局さんと協定を結び、SA・PAでの地場農林水産物の販売などについて連携を組むこととなりました。

末松 地元生産者さんにとっても、遠来の観光客に自分たちが作った産物を販売できる機会が増えれば大変ありがたいところですね。

酒井 われわれとしても、観光に加えて買い物を目的に、遠くからSA・PAに来ていただけると嬉しく思います。例えばしまなみ海道エリアは〝瀬戸田のレモン〟を中心に柑橘類の栽培が盛んですので、生産から加工、販売、そして地域全体の振興へと、いわゆる6次産業化の一つのモデルになり得ると捉えています。一昔前のSA・PAに対して想起された、休憩・トイレ・軽食の拠点というイメージを脱し、もう一段上のフェーズに移行できればと思います。

地元の産直販売でにぎわう来島海峡SA
地元の産直販売でにぎわう来島海峡SA

末松 瀬戸内エリアでは、本業以外の地域創生や観光振興に力を入れている企業もありますね。

酒井 はい、コロナ禍において本社を淡路島に移転し注目を集めたパソナグループさんは、以前より島内に農業関連施設やアミューズメントパークを開設するなど、地域の観光振興等に尽力されておられます。先ほど、交通量全体が減少傾向と申しましたが、淡路島に架かる明石海峡大橋に限れば、昨年後半はコロナ以前の交通量を上回りました。おそらくは京阪神から近い観光スポットとして、人気が出ているものと推測されます。われわれもSA・PAを活用しつつ、一方でパソナグループさんをはじめ各種施設とも連携しながら、いかに淡路島に人を呼び込むか、日々思案を重ねています。

地域の人々をつなぐ結節の役割を

末松 観光の振興に向けた他分野との連携などはどのように。

酒井 連携の強化によるさらなる誘客力向上を図りたいところですが、われわれの社内に具体的なノウハウに長けた人材が乏しいことが課題でした。そこで2年半ほど前から、まずは社内の意識を高めるべく、30年先の未来を見据えた企業のグランドデザインを、若手・中堅・ベテランが一体となって検討する会を設けました。

末松 グランドデザインの主な要諦はどのようなものでしょう。

酒井 大きく二つあります。一つは長大橋を万全に維持管理するため、長大橋の建設にも耐える技術企業になること、もう一つは瀬戸内での「架け橋事業」の展開により瀬戸内が世界の中でも魅力ある地域となるよう取り組みを進める企業になること、です。今後はこの2点の推進に傾注してまいります。

 手始めにはまず、幅広くネットワークを構築することを目指しました。公団時代の名残もあり、国の各地方局や瀬戸内の各県市など行政機関とのつながりを持つことはわれわれの得手とするところですが、さらに地元商工会議所をはじめとしたさまざまな地元団体、企業や地域の人々も含めて広範にネットワークを結ぶ努力を3年近く進めてきました。ハード面という意味で橋が本州と四国の両地域をつなげているように、われわれが地域の団体や人々の活動をつなげる「架け橋」の役割を果たしたいと考えています。

 前述しましたSA・PAのマルシェ化をはじめ、瀬戸内圏周遊観光の振興、しまなみ海道に代表されるサイクリングロードの整備等々、われわれが直接手掛けることはできなくても、関係機関や事業者の皆さまをソフト面でつなげることによって構想の具体化を図る、そうした存在になれれば、と思います。先行事例ができると、いずれは他の行政機関や商工団体等から、本四高速さん相談に乗ってくれませんか、というお声がけが寄せられるのではないかと。そういう意味ではわれわれは「火付け役」であり、「架け橋」であり、皆がハッピーになるための「触媒」となる、それがひいては瀬戸内地域の活性化につながる、帰結として橋の通行量も増えていく、将来的にこういう好循環の形成を描いています。

 これらの取り組みを「地域連携事業」と位置付け2021(令和3)年4月には「地域連携事業推進本部」を設置し、具体的な推進の取り組みに着手しました。つまり現在は、グランドデザインの策定を通じて社員の意識を盛り立て、実践に向けた組織を作った、という段階です。