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【トップの決断】ワンダーテーブル/秋元巳智雄氏

もう一度レストランの楽しさを

末松 ではウィズ・コロナの対応、そしてポスト・コロナに向けた構想などはいかがでしょうか。

秋元 コロナ禍発生からこの間、やれることは全部やらなきゃいけない、と思ってあらゆる手立てを尽くしてきました。実は遡ると、われわれは2008年のリーマン・ショックの時も会社存続の危機を経験しています。そのため私自身、20年1月くらいから周囲に先駆けて今後の動向に危機感を感じていました。また、インバウンド(訪日外国人旅行者)の増加が売上を押し上げていたことから、中国からの旅行者がストップしたその段階で既に売上が落ち込みを見せるなど、他社さんよりも早く影響が出ていた面もあります。これらの経験のもと、20年の早い段階からテイクアウトメニューの開発や融資対策、役員の給与カット等も含め、コロナのまん延に備えてさまざまな攻めと守りの準備を進めていました。

 その代表的な例が昨年10月の、ステーキの新店舗『ピーター・ルーガー・ステーキハウス 東京』のオープンです。

末松 開店時にはメディアでも多く取り上げられたと記憶しています。

秋元 コロナ禍以前から開店の契約を交わしていたため、オープンは不可避という面もあるのですが、このような社会情勢の中で開店して大丈夫か、と懸念する声も寄せられました。

 しかし、緊急事態宣言等が解除されたわずかな期間でのオープンは、長らく制約状況下にあったお酒を含む飲食の自由が一時的に回復した気運と重なり、言わば『ピーター・ルーガー』という新しいブランドが人々の外食に対する解放感の象徴となったのです。まさに社会が潜在的に外食を望んでいた絶好のタイミングで、人々にもう一度レストランの楽しさを伝えることができたのではないかと。

 おかげさまで現在、2カ月先までほぼ予約でいっぱいという状況です。延べ床面積500坪、総投資10億円を投じた大型プロジェクトですが、外食業界の未来のために腹を括って本当に良かった、と思っています。

末松 苦境において前向きな決断をされることは、大変勇気のあることですね。

秋元 まだ他のブランドが苦戦を強いられる中、結果としては同店が1カ月あたり1億5000万円を売り上げ、弊社の主力になっています。と同時に、コロナによって人々のライフスタイルが大きく変容し、とくに家の中で楽しむという変化は、ポスト・コロナにおいても少なからず定着すると想定されます。それ故、そうした変化に対応した戦略も整えつつあります。

 それが、「ホームダイニング」という新規事業です。レストラン店内のサービスとは別に〝家で楽しむ食事〟を組織面でも強化するべく、今春より新規事業のプロジェクトから「ホームダイニング事業室」として新たな組織を設けました。

「ホームダイニング」というコンセプト

末松 ホームダイニングは、一般的なデリバリーとどのように異なるのでしょう。

秋元 当初は店舗においてテイクアウトやデリバリーを行っていたのですが、緊急事態宣言が解除されて店舗にお客さんが戻ってくると、本業の店内サービスに集中するのでデリバリーとの両立が難しくノウハウも蓄積できません。そこで店舗とは別に、「ホームダイニング事業室」のもと、文字通りキッチンだけを設けてそこで作った食事を配送するデリバリーキッチンでノウハウを構築したいと考えています。現在5業態、さらに近日1業態をスタートさせる予定です。

 内容は短角牛のハンバーガーショップやナチュラル系のイタリアン、タイ料理、ニューヨークの屋台料理チキンオーバーライスなど、いずれも既存のレストランブランドにはない分野です。それ以外でもマーケットの動向をにらみながら、それぞれさまざまなブランドやメニューの開発に取り組んでいるところです。つまり専門型のデリバリーキッチンを拠点とし、デリバリーブランドを増やすというのが「ホームダイニング」の主たるコンセプトとなります。店舗に比べれば施設賃料が少なくて済むので、ゆくゆくはこの事業の拠点を増やしていきたいと考えています。

末松 店舗には無い食事を、デリバリーだからこそ提供できる、という観点ですね。

秋元 それ以前から、需要増著しいe-コマースに対応するべく、店舗で提供する食事をe-コマース向けに転化した商品も開発しています。『ロウリーズ・ザ・プライムリブ』というブランドのメニューを冷凍あるいはレトルトにし、家で温めてソースをかけるだけで手軽に食べられるよう開発して、1セット1~2万円ながら、この1年の間に約4000個以上販売しました。このように、われわれのブランドを駆使し、e-コマース向けの商品をこれからもっと開発し、全国にお届けしていく仕組みを確立させたいと思っています。

末松 コロナ禍ではより一層、日々の生活においてネット通信が不可欠となりましたが、それは食事の嗜好や様式の多様性にもつながっていますね。

秋元 私はこの新業態を、よくネット動画配信サービスに例えて社員に説明しています。私が子どものころは好きなテレビ番組の放映時間が、ある意味で日常スケジュールの基準でしたが、今ではスマートフォンやタブレットを使って好きな番組を時間、場所、状況の如何を問わず自由に見られる現在です。また、各種の決済もスマホでほとんど事足ります。やはり、生活形態の大きな変化には対応していかねばなりません。レストラン、家庭、オフィスなど場所を問わず、個人の選択によって高品質な食事を楽しめるよう、そしてその時われわれのブランドを選んでいただけるよう、事業者として業態の変革を図る必要があります。

 他方、レストランなど外食産業は、これまで社会全般のDXの流れからは、やや後れを取っていました。コロナ禍で否応なくとはいえ、この機をDX的志向による変革への好機にできれば、この過酷な状況の中でも未来への意義を見出せるのではないでしょうか。

持続的な生産モデルというSDGs

末松 海外での展開状況はいかがでしょうか。

秋元 コロナの制圧状況、また社会の対応状況が国によってさまざまですので、進出店舗の状況も千差万別です。例えば台湾は世界の中でも早くから制圧しており、現地の売上も比較的順調に推移しています。そのぶん当初から、飲食店に対し検温や消毒、マスク着用など厳しい対応を求めていたのですが、それが結果として功を奏しているようです。タイなどは、感染が増加するとショッピングモールも閉店時間を早めたり、飲食店での酒類提供を規制するなど、日本に近い政策と言えるでしょう。逆にインドネシアやフィリピンは公衆衛生に対する意識の違い等もあるのでしょう、制圧が進まず思うように稼働できないという時期もありました。

 このように対応が各国異なる中でも、少しずつ現地のパートナーが増えてきているので、われわれとしても全力でこれをサポートしていく所存です。とくにパートナーが成長すると、一段上のアッパーモデルを目指す傾向がありますので、こうした志向についても支援していきたいと思います。

末松 あらゆる分野でSDGs が求められる昨今、御社としてはどのような取り組みをされているのでしょう。

秋元 私自身、巷間SDGs のキーワードが一般化する前から、持続的な生産活動や環境対応に一定の関心があり、微力ながらそれを形にしてきました。例えばプラスチック製使い捨てストローの問題などは4、5年前から関心を持ち、2019年1月1日より廃止して「生分解ストロー」に切り替えました。また10年程前から各店におけるゴミの計量を行い、前年対比で増えていれば抑制を図っています。

 もう一つ、SDGs の流れの中、牛肉を多く扱う外食産業として対応すべき取り組みがあります。

末松 牛のげっぷが地球温暖化につながっているため、食用牛そのものを見直すべきではないか、という議論ですね。

秋元 現実として、食用牛育成に関わる生産者とわれわれ事業者、そして需要がある以上、まさしく事業のサステナビリティを図る必要があります。デリバリーブランドのくだりで短角牛のハンバーガーについてお話しましたが、われわれはこの短角牛の育成を支援しています。

 和牛には3種類あり、A4、A5と言われるサシの多く入った黒毛和牛はその一種類です。黒毛和牛の中でも、各地名などを冠したブランド化がされており、これが和牛全体の9割以上を占めています。他方、短角牛は和牛全体の1%を占めるに過ぎず、北海道、東北のごく一部の生産者しか育てていませんでしたが、われわれは今から7年前に、短角牛の赤味が美味しいという点に着目しました。しかし生産者さんを訪ねたものの、多くの方が高齢化を理由に生産量も減り、縮小均衡状態でした。これでは日本から短角牛を育てる人がいなくなってしまいます。

 そこで、われわれが毎年30頭ほど仔牛を買い、それを契約した生産者さんに数年育ててもらって、その後われわれが肉を買い取る、という方策で協力を得られることとなりました。岩手県久慈市において自治体を通じ、仔牛から買い付けするコストを生産者さんが負担することなく、かつ短角牛の伝統も絶やすことの無い枠組みです。肉質がより美味しくなるよう、成育の過程でわれわれがお願いした飼料を与えてもらうなど、生産現場とは密な連携を取っています。牛だけにフォーカスすると、CO2排出対象としてその是非論にとどまりがちですが、希少な和牛品種と生産者を守るという意味では、われわれの取り組みも重要なSDGs ではないかと確信しています。