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【末松広行・トップの決断】神明HD藤尾益雄氏

農地を持ち、スマート農業を実践

末松 順序が前後しますが、川上部分の事業展開はどのように? やはり生産の現場に最も近い川上部分の支援が重視されるところだと思われますが。

藤尾 ご指摘の通りで、われわれにとっても川上部分が最もハードルの高い領域でした。ぜひ自社で農地を持ちたいと思い、福島県などで実証を行ってきたのですが、ようやく52ヘクタールというまとまった耕地面積を静岡県菊川市に確保し、耕作を始めることが出来ました。それが2018年に事業を開始した自社農場「あかふじファーム菊川ラボ」です。われわれはここで〝儲かる農業〟を具現化すべく、新たな技術を駆使したスマート農業を実践しています。他業種の企業様と組み、少人数で効率良く生産性が高い農業の実現を目指します。実際に単収も良くなる傾向が見て取れるため、効率的で単収の高い、すなわち〝儲かる農業〟に近づいていると言えるでしょう。

末松 従来にない斬新な農法は、往々にして地元の生産者さんに受け入れられにくい面もあるのでは。

藤尾 はい、ご指摘の通り気質に加え、スマート農業には投資も要することから、確実に回収できるのか懐疑的になるのも無理からぬところです。各地で私が講演した際も、聴講いただいた生産者の方から同様のご指摘を受けることが度々ありました。従って、まずはスマート農業を実践してエビデンスを蓄積し、それをもとに説得力を持って生産者に理解を求めるべく、まずはわれわれ自らスマート農業を実践する必要があります。

 その流れで、2019年には宇宙航空研究開発機構(JAXA)公認のベンチャー企業「天地人」様と業務提携を行いました。天地人様はさまざまな気象データを有しており、米作りの適地、適時をデータで分析、同時に株式会社笑農和さまの自動水田管理センサーなどの各種IT技術を駆使して米の生育に適した場所、水温で栽培を行い、2021年に〝宇宙ビッグデータ米〟『宇宙と美水(そらとみず)』の販売を開始しました。

末松 『宇宙と美水(そらとみず)』は、販売前からネット上などで話題になっていたそうですね。

藤尾 はい、販売後あっという間に売り切れました。宇宙と米という、およそ縁遠い分野同士が一体化したのですから、確かに話題になるところです。そして米自体の味も上々で、さすがにデータを駆使して最適な育成法に臨んだだけのことはあると自負しています。

 また、「第5回宇宙開発利用大賞」の農林水産大臣賞も受賞しました。今後は、作付面積をより拡大し生産量も増やしていくため、富山の立山山麓に耕地を確保しております。

末松 実際に御社自らスマート農業を手掛けたわけですが、手ごたえのほどはいかがですか。

藤尾 稲作を若い世代を中心に進めており、彼らのやりがいを直に感じています。がんばれば確かな収益につながると生産現場で実感できれば、生業としての農業に夢と希望、そして次代への継続につながると思います。実際に、スマート農業の現場では若手がいろいろなタイプのドローンを飛ばしてみるなど、日々試行錯誤を繰り返しています。これらの試行一つ一つが生産者への提案となり、新たな農法の確立に結び付くと確信しています。

末松 他にもオリジナルの品種を開発したと聞きました。

藤尾 2020年に、米の種子の生産・販売を行う株式会社中島もグループ傘下に招きました。ここで多収穫米種子の品種開発に取り組み、2021年6月に多収穫、良食味かつ早生品種の「ふじゆたか」を新たに品種登録しています。多収穫米の早生品種は難しいと言われていましたが、「ふじゆたか」でその壁を超えることが出来ました。生産者の方々から「ふじゆたか」の種子を要望されるようになったので、こちらも増産体制をかけています。

 このように、米の卸売業を中心に青果・水産・外食など、多種多様な事業を展開することで、川上から川下、すなわち生産現場から食卓までをつなぐ『アグリフードバリューチェーン』の構築を目指していく所存です。

末松 お話を聞くと、米を主体に多様な商品群を展開されていますし、また海外需要の喚起に力を入れられている点が実感できました。

藤尾 現在、米については日本からの海外輸出量の約3分の1を当社商品が担っており、これからさらに力を入れたいと思っています。日本の米や農産物は、価格が高くても現地では必ず高い需要があると確信していますので。

末松 その点は、この対談連載でもたびたび指摘されてきた点です。無菌包装米飯などは他国に類似商品がほぼ無いでしょうから、ポスト・コロナにおいては市場のさらなる拡大が大いに期待できますね。

藤尾 そのあかつきには海外で、高級外食店なども視野に入れていきたいですね。現在、神明ホールディングス全体の売り上げとしては3800億円ですが、2023年には4000億円に乗せて、2030年に一兆円を突破するよう目標を掲げています。日本の農と食を守るためにも、事業者たる当社が規模を大きくして発言力を高めていく必要がありますから。それが次世代へのメッセージとなり、新たに農業の世界に飛び込んでくれるようになれば何よりです。

末松 本日はありがとうございました。

インタビューの後で

 冒頭で自給率の問題が話題となりましたが、現状の40%弱という数字もさることながら、その低迷が既に常態化し、社会全般に食料自給率低下に対する危機感が希薄化しているのはもっと懸念されるところです。

 スマート農業に関しては、将来へ向け非常に希望が持てる取り組みを実践されているように感じました。社会状況が変わればおのずと従来からの農法が変わります。そこで農業を諦める生産者も多いと思いますが、技術によって新たな生産の方法が確立し、それが広がれば農業自体の変革につながる可能性もあります。研究機関と農業現場とはしばしば意識が乖離する傾向にありますので、両者の間で奮闘しておられる神明ホールディングスさんは、そのバランスを取る存在でもあると言えるでしょう。

 対談中、米を中心とした日本食が、世界の健康志向に十分対応し得るポテンシャルを有することが大変よく分かりました。米本体だけでなく、加工その他によって多角的な米商品を、日本国内だけでなく海外市場でより需要が高まれば、なるほど藤尾社長が長年問題意識を抱いている日本の食料安全保障、持続的な生産維持に大いに資するものと思われます。米が本来持つ栄養素の提案に力を入れられているのも注目すべき点です。おいしさはもちろんですが、それだけではない〝米の総合力〟が、神明ホールディングスさんの事業展開によって世界に浸透してくことが期待されます。
                                                (月刊『時評』2022年7月号掲載)

すえまつ・ひろゆき 昭和34年5月28日生まれ、埼玉県出身。東京大学法学部卒業。58年農林水産省入省、平成21年大臣官房政策課長、22年林野庁林政部長、23年筑波大学客員教授、26年関東農政局長、神戸大学客員教授、27年農村振興局長、28年経済産業省産業技術環境局長、30年農林水産事務次官。現在、東京農業大学教授、三井住友海上火災保険株式会社顧問、等。