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【末松広行・トップの決断】神明HD藤尾益雄氏

日本の農業を守るため、「アグリフードバリューチェーン」を構築

ふじお みつお/1965年生まれ、兵庫県出身。89年株式会社神明入社、2000年常務取締役、03年同社取締役就任、07年6月より代表取締役社長就任(現任)。
ふじお みつお/1965年生まれ、兵庫県出身。89年株式会社神明入社、2000年常務取締役、03年同社取締役就任、07年6月より代表取締役社長就任(現任)。

 今年で創業120年を数える米卸を祖業とする神明ホールディングスは、4代目の現・藤尾益雄社長就任後、生産から販売までの川上・川中・川下を一体的かつ総合的に活性化すべく、各分野の企業を相次いで子会社化し神明ホールディングスグループとして目を見張る発展を遂げている。その背景には、米作にとどまらず日本の農業に対する藤尾社長の強い危機感がある。世界情勢の不安定化により食料危機が現実的なものになりつつあるなか、日本の強い農業を目指して活動の幅を広げる神明ホールディングスの最新動向を語ってもらった。

株式会社神明ホールディングス代表取締役社長
藤尾 益雄 氏


食料安全保障に影響する国内の現状

末松 御社グループは米卸を祖業として日本有数の社歴を有しておられますが、簡単に歴史と社業からご解説いただけましたら。

藤尾 1902(明治35)年の創業で、今年で120年を迎えました。私は2007年に就任し、初代から数えて4代目に当たります。創業から100年以上、販売エリアの拡大などを経ながらも米卸に特化してきた結果、日本で最も多くの米を取り扱う企業に成長してきました。現在、主軸の事業会社の株式会社神明では年間約50万トンの米を取り扱っています。

 私の就任後は、米を中心としつつ、さまざまな社会情勢や環境の変化に伴い、青果・水産・外食等の企業の相次ぐ子会社化など、事業拡大に努めて現在に至ります。

末松 国民の主食を扱うお立場として、今般のコロナ禍は大きな影響を受けたのでは。

藤尾 そうですね、感染拡大初期の2020年初頭は米の全体の流通量が一時的に大きく落ちました。が、それ以上に大きく需要が減少したのは緊急事態宣言が始まって以後の外食産業です。インバウンド(訪日外国人旅行者)の停止はやはり影響甚大で、外食産業における米食需要の高さを実感しました。

 その結果、国内外で多店舗展開している回転寿司チェーンの元気寿司株式会社では、2020年度の売り上げが前年の430億円から380億円へ50億円の減少となりました。しかしながら、今春の2021年度売り上げは440億円へと、むしろコロナ禍以前を上回るほどに回復しています。その理由は外食の復活もさることながら、日本など東アジアを中心にコロナの感染状況が欧米の被害に比べて低いという要因もあります。そして被害が少ない主因として、主食が米飯のためではないかとの仮説が浸透してきた可能性が考えられます。

末松 その仮説については、各国の米の消費量とコロナウイルス患者の動向を比較するときれいな相関が見て取れる、と発表している専門家の先生もいます。

 今、回転寿司チェーンの例がありましたが、藤尾社長が事業の多角化を推進してきたのは、何より米食をめぐる状況、それを含めて日本の農業について強い危機感を感じておられると伺いました。

藤尾 はい、日本の米と農業を取り巻く環境は危機的状況にあるといっても過言ではありません。米の年間一人当たりの消費量は、ピーク時の1965年当時112キログラムでしたが、2020年段階では50・7キログラムへ文字通り半減、いえ、それ以下です。農業就労人口(基幹的農業従事者)も同様に、かつては生産者1000万人を数えた時代から右肩下がりを続け、1995年時点では414万人へ、2021年段階では130万人へと急落しています。生産者の高齢化も進み、現在は平均年齢67・8歳、おそらく米農家では70歳を超えているものと推定されます。60歳は若手と言われる産業に持続的未来があるとは言えません。加えて次世代の担い手不足も深刻です。さらに食料自給率は、1960年の80%(カロリーベース)から現在は37%へとこちらも半減、主要先進国の中では最下位という状況です。

末松 自給率の低下や米消費量の減少と反比例して、穀物輸入量は増大しています。

藤尾 現在、地球の全人口約75億人が年間約40億トンの食料を食べていますが、そのうち米、小麦、大豆、とうもろこしの四大穀物で半分の約20億トンを占めていると言われています。このうち日本は米だけは自給できているものの、国内で消費する小麦の85%、大豆を93%、とうもろこしはほぼ100%、そのうち80%が飼料用とされていますが、それほど高い比重を海外からの輸入に頼っています。食料自給率の低下は、食料安全保障の揺らぎに直結する非常に危険な兆候に他なりません。さらに、地球温暖化に起因する気候変動で作物の生育が世界的に不安定化する中、コロナ禍、そしてウクライナ情勢など、各種要因が複合的に作用し、今後は世界規模で農作物不作、食料需給のひっ迫、生産国の輸出制限など食料・資源の囲い込み等々により、日本はもちろん世界規模での食料危機が起こり得る可能性があります。

 私は就任当時からこの当たってほしくない未来予想について折あるごとに発言してきましたが、コロナ禍やウクライナ問題など数年前には想定しえない事態が現実に発生しています。この事態を前に、日本の食料生産体制は脆弱であると言わざるを得ません。何としても、米を含めたわが国の農業の持続的発展を図る必要があります。

末松 その問題意識が、藤尾社長のリーダーシップの下、事業多様化の源泉になっているわけですね。

藤尾 私は就任したとき、「私たちは、お米を通じて、素晴らしい日本の水田、文化を守り、おいしさと幸せを創造して、人々の明るい食生活に貢献します」という企業理念を掲げました。つまり、事業を通じて日本の農業・日本の食を守ろうという決意を込めたのです。この理念を実現するためのミッションが、「米の消費拡大を推進する」こと、そして「日本の農業を守る」ことです。例え数%でも米の消費量向上につながればとの思いで、このミッションを精力的に実践してきました。生産現場においてこれまで農業に関する課題は生産者の努力を前提としてきましたが、これからは「農業の課題を解決するためのサービスを提供」し、かつ「神明ホールディングスグループが持つ販売力・流通力をフル活用」していくことが求められるようになったのです。

(資料提供:神明ホールディングス)
(資料提供:神明ホールディングス)

驚異的な成長のパックご飯市場

末松 では、その「販売力・流通力のフル活用」に資する具体的な事業拡大と、個々の取り組み状況について教えてください。

藤尾 社業の中核たる米卸は、いわば川上から川下までの流れにおける川中に当たります。が、農業を守り米の消費拡大を推進するには、川上にも川下にも積極的にかかわっていく必要があります。同時に、川中部分もさらに充実させていかねばなりません。

末松 まずは、中核たる川中部分からご解説をお願いします。

ウーケ工場(資料提供:神明ホールディングス)
ウーケ工場(資料提供:神明ホールディングス)


藤尾 社長就任年の2007年、富山県入善町に株式会社ウーケという無菌包装米飯(パックご飯)の会社を設立しました。入善町の町民の飲用水や生活用水の多くを立山からの湧水を利用しています。当時の町長さんは、伏流水が数十年かけてろ過されたため、とてもきれいな水だと仰ってましたし、私たちも水質調査を行った結果、超の付く軟水で炊飯にも実に適しているとの結論に至りました。

 同社では無菌包装米飯、平たく言えばパックご飯を製造しています。米そのものだけでなく、パックご飯という形に加工して消費者の口に直接入る形態をもっと増やさないと、消費量の増加につながらないと考えたのです。事実、米の消費量全体が減少傾向にあるなか、消費形態の変化によりパックご飯は需要を伸ばしており、同市場はここ10年間で2倍以上の製造量へ増加しました。おそらく他の食品関係でこれほど伸長した分野は無いのではないでしょうか。ウーケの販売食数も12年度で年間4000万食あまりでしたが、2020年度には1億1100万食を超えました。2009年に第一工場を建設して以後、2019年に第三工場を稼働開始しています。好評をいただいている理由の一つは、高度な殺菌システムを利用し、水と米に「高温短時間殺菌」を行うことで、酸味料・添加物不使用の生産を実現しているからだと思われます。

(資料提供:神明ホールディングス)
(資料提供:神明ホールディングス)

末松 なるほど、米の購買形態の変化に加え、消費者の安全志向の高まりにも対応したわけですね。

藤尾 かつ、白米だけでなく食品メーカー様と共同で玄米や発芽米、金芽米のパックご飯、さらには赤ちゃんの成長過程に合わせて7、9、12カ月ごとにラインナップした、やわらかいパックご飯等を商品開発し、多様なニーズへの対応を図っています。

末松 健康志向も年々高まっていますので、玄米などは将来性が感じられますね。米を食べておいしいと思うだけでなく、玄米のように本来備わっている栄養素を残しつつ、かつおいしく食べられるようになれば、消費の幅がさらに広がっていくのではないかと。

藤尾 そうですね、玄米の消費層には美容と健康に敏感な女性が多いです。過度な食事制限のため米を敬遠しがちな購買層にとっても、玄米はGI値(食後血糖値の上昇指数)が低く太りにくい体質に、また食物繊維も豊富だから安心して食べられる、というわけです。アメリカでは以前から富裕層を中心に玄米食が定着していましたが、今ようやく日本に玄米食文化が逆輸入されつつあると手ごたえを感じています。現実としてアメリカ人の米指向は年々高まっており、冒頭で申し上げた日本人の一人当たり年間消費量50キロに比べ、米国人は現在同20キロです。後年、この数値が逆になる可能性も無しとは言えません。