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大石久和【多言数窮】

消費税議論の欺瞞

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す (老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 2019年10月の消費税増税の結果、最終の報告によると、わが国はその直後の10月~12月にかけて7・3%ものGDPの大幅な減少が生じていた。そこに世界同時不況というべきコロナショックが世界経済を襲った。

 リーマンショックをはるかに超える1930年からの世界恐慌以来の経済危機がやってきたとも言われているが、世界の先進国のなかで唯一大きなマイナス成長下にあった日本もこの危機に遭遇している。したがってわが国は、他国に比して大きなハンディを背負って大恐慌レースに参加していると言っていいのである。

 そのため経済対策も各国以上のものが打ち出されなければならないのに、あまりに遅くあまりに小規模な施策に終始しており、歴史的な危機の場合には「最終保険機関として政府がその役割を果たさなければならない」のに十分に機能しているとは思えないのだ。

 コロンビア大学のスティグリッツ教授は、「疫病・災害・気候変動などの危機から国民を守り、社会全体に奉仕するのは、本来政府です」と述べているが、まさにその通りで政府のみが一国・国民の最後の救済機関なのだが、多くの国が消費税減税に踏み切っているのに、それもできないでいるのである。

 そもそもリーマンショック級の景気後退があれば増税には踏み切らないと政府が述べていたのだ。そのリーマンを大きく上回る経済ショックが来たのだから消費税減税を行うのは当然なのだ。

 この消費税について、わが国では一部の事実にのみ基づく議論がなされたり、間違った認識からの主張が繰り返されたりしている。この情報の歪曲という知的劣化状況が、この25年間での「国民の貧困化・日本経済の非成長・科学技術力の低下・IT化の大幅な遅れ・競争力の著しいランクダウン・防衛力の大幅な相対的低下など」を生んできたのだ。

 問題の主張を整理してみたい。

①消費税は全額福祉に回っており、福祉レベル維持のために減税することはできない。

 これは事実全体を見ていないために誤った主張になっているのだが、多くの人がこのように主張するため、これを信じている人も多い。しかし、これは間違った理解である。

 その第一は、福祉には消費税だけでは足りないことである。昨年度の数字でいえば、国税ベースで社会保障には34兆円強が計上されている。一方、消費税は国税として19兆4000億円の歳入となっている。

 消費税だけでは社会保障をまかなえないのである。そこで歳入の大きい法人税12兆8600億円や所得税19兆9300億円などからの歳入を合わせて、社会保障財源としている。これらの歳入は一つの財布に入ってくるもので、財源の色の付いた金ではないから、「消費税は全額が福祉に使われている」という表現は意味をなさないし、誤った説明である。

 正しくは「社会保障は、所得税や法人税、消費税などでまかなわれている」という表現しかできないのだ。

 その第二は、社会保障費を担っているこの三税の内、所得税や法人税は近年大きく減税してきたということである。それにもかかわらず「消費税だけは減税できない」というのは、その根拠を欠いている。

 以下のデータは、消費税を所得に比して相対的に多く負担している一般大衆国民が絶対に知っておくべきことなのだが、まったくメディアに出ることはない。主権者が知るべき事実を伝えることをメディアが放棄している状況が、この国のメディアの劣化を如実に証明している。

 以下は、国税での勤務の後、中央大学で教鞭を執った富岡幸雄氏(『消費税が国を滅ぼす』文春新書)のデータである。氏によると2019年度までの31年間で、国民が納めた消費税は、国分と地方分を合わせて397兆円になるという。

 一方、法人税は、法人事業税や法人住民税など国税、地方税分を合わせて298兆円の減税を行って来た。その結果、法人税実効税率は51・55%から29・74%に下がって21・81%も減税された。先述のように、法人税も社会保障財源の大きな柱なのであるにもかかわらず、大衆には重い課税である消費税収入分の75%(298/397)も減税してきたのである。

 所得税、住民税も大きな減税が実施されてきた。同じ31年間に、この二税について275兆円の減税が行われ、所得税の最高税率は60%から45%となり、主として高額所得者が減税の恩恵を受けてきた。住民税の最高税率も6%下げられて最高税率は10%となり、これも高額所得者ほどより多く減税されてきたのだった。

 国民への情報提供がまったくないが、「総税収に占める消費税の割合は、付加価値税25%のスウェーデンより日本の方が高い」のである。日本人の方が消費税を取られすぎているのだ。

 福祉財源三税とでもいうべき税金群のなかで、国税では法人税や所得税を大きく減税してきて「消費税だけは減税できない」という理屈が通るはずがない。まして、減税された企業は、設備投資もしないで内部留保を積み上げているし、働く人への利益の配分である労働分配率は主要国のなかで最低という有様なのだ。

②消費税の導入と税率アップに苦労してきた。減税すると上げられなくなるから減税できない。

 ほとんど、何をか言わんやとの主張だ。いま日本国民は世界同時不況に加えて景気後退期の増税という政策の誤りから塗炭の苦しみの縁にいる。この発言は、国民の方をまったく見ていない冷血漢の発言であるとしか他に表現の方法がない。

 そもそも政治は国民の福利の向上のためにある。日本国憲法前文には「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」とある。

 日本国民はもう30年近くも「福利を享受」できていない。2018年の国連統計では、世界中のほとんどの国のなかで、この22年間に経済成長しなかった国が二カ国だけであることを示している。それは内戦相次ぐリビアと、失政続きのわが日本国である。

(月刊『時評』2020年10月号掲載)