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大石久和【多言数窮】

ネイチャーとニューズウィークの警告

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す (老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 天然資源にほとんど恵まれず、高度な科学技術を磨いていくしか生きていく方法のない国なのに、その日本の科学技術が、財政再建至上主義の影響を受けて大変なことになってきている。最近の報道から、いくつかの切り口を紹介して、この国の科学技術の将来について技術者の一人として考えていきたい。

 2020年10月20日号のニューズウィーク(日本語版)は、「科学後進国ニッポン」を表題に掲げ、「『科学大国』の落日」を副題とする特集号であった。2020年のノーベル賞の日本人受賞はゼロであったが、それは決して偶然ではなく、科学への誤った投資削減が研究現場を殺しているからだというのである。

 この特集が指摘する問題はいくつもあるが、国内の他誌ではほとんど触れていないのが、日本人研究者の悪質な論文不正問題である。アメリカの科学誌サイエンスは、故弘前大学教授の論文不正を詳細に報告し、さらに撤回論文回数上位10人の半数が日本人研究者だったことを指摘して、日本の研究現場の体質を批判したというのだ。

 イギリスの科学誌ネイチャーにもこの研究者についての報告が記載されており、日本の論文不正を監視する制度的調査がきわめて不十分であると指摘している。

 ニューズウィークは、日本の国立大学教授の「不正はいつ起こっても不思議ではない」とのコメントを紹介し、それは「普通の研究者が不正に手を染めてしまうのは、研究費の不足や不安定な身分が原因だ」からというのである。

 日本政府にカネがないとして導入された「競争的資金」の獲得競争に時間を奪われ、大学や研究機関の人員削減で若手研究者は慢性的な就職難に苦しみ、魅力を失った大学院博士課程は空洞化し、日本の大学の世界的評価は下がり続けるという悪循環が起きている。

 ニューズウィークは、「このままでは、ノーベル賞受賞者はおろか、科学者自体が日本から消えてしまいそうな状況のだ」と指摘する。以下に、覆面で述べた科学者たちの不満をランダムに紹介する。

 「若い人がポスドクに残らないことが最大の問題」「(昔は)海千山千のものを信じてやる赤崎先生のような方がいて、そこに国がちゃんとお金を出した」「昔のいいところは、要はバラマキがあった」「(アメリカでは)博士号を取れば、その先にベターな職環境に行けるという確信と現実がある」「大学院重点化の『ポスドク1万人支援計画』は間違いだった」「財務省の人は半導体なんか中韓に任せたらいいじゃないですかなんて言う。世界の流れに乗ることしか考えていない」

 研究者の絶望的な叫びが聞こえるではないか。これに反応しない政治は、もう政治とは呼べない代物になっている。なぜなら、繰り返しになるが、この国は他国に負けない高度な科学技術研究でしか生きていけない国だからなのである。

 ネイチャーが2017年3月に発表した「ネイチャー・インデックス2017」での日本への警告も厳しいもので、「(日本の科学研究成果の水準が低下し、他の科学先進国に後れを取っている状況に対し)政治主導の新たな取り組みによって、この低下傾向を逆転できなければ、世界の科学界でのエリートの座を追われる」と述べているのだ。

 日本経済新聞は2020年9月28日号で「科学技術・落日の四半世紀」を特集し、「安倍政権で策定された第5期科学技術基本計画(2016年)は、世界が注目する被引用論文の数などを初めて目標に掲げたが、多くは未達で終わる。(略)被引用論文数が上位10%の注目論文数シェアで、日本は96~98年の平均で世界第4位だったが、18~19年は第9位に沈んだ」と紹介し、大きな警告を発している。

 第5期基本計画の達成状況は惨めなもので、この注目論文数以外にも、40歳未満の大学本務教員数は目標が10%増だったのに逆に1%減になるなど、この基本計画なるものが、予算措置の裏付けなどまったくない作文の羅列だったことが明確になったのである。

 「日本の若手が置かれた環境は日米欧の中で最も苦しい」(カリフォルニア大学アーバイン校五十嵐アシスタントプロフェッサー)ということでは、優秀な研究者ほど日本にとどまらないし、日本から海外に出た天才も帰国などするはずがない。

 「世界水準の研究力を有する」と認定される卓越研究者という制度が創設された。しかし、こうした人たちでさえ定職に就けないというのである。恵まれた環境にあるといわれる京都大学の山中伸弥教授のところですら、ほとんどの若手研究者が5年ほどの有期雇用だというようでは、落ち着いた研究などできるわけがない。

 博士号取得者数が10年以上にわたって減少を続けている先進国は日本だけである。このような「先進国で日本だけ」というのが、この国にはあまりに多すぎる。たとえば、インフラ整備費も25年にもわたって連続して減少させ続けてきた先進国は日本だけだ。日本以外のすべての先進国は増加させ続けてきたのだ。これらの事実は、日本はすでに先進国などではないことの証明である。

 日本国の政策目標であるにもかかわらずe-Japanなどとアルファベットでのふざけた命名を行い、5年で世界水準になるどころか20年で世界から周回遅れのネットワーク・デジタル後進国に転落した。しかし、この政策を推進する上で何が問題で、何が壁となったのかといった分析や反省も何もないまま、またぞろデジタル化などと言っている。

 日本が科学技術大国から転落しているのは、すべて、財政再建至上主義が原因なのである。2018年の中国の科学技術予算は28兆円にもなるが、日本の予算は3・8兆円だという。日経新聞も科学大国からの転落を嘆くのであれば、財政支出のあり方に警告を発しなければならないのだ。ある政権党国会議員は「もう科学技術の予算は増やせない」と述べたという。これでは、政治も政治家もこの国では不要となる。

(月刊『時評』2021年1月号掲載)