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大石久和【多言数窮】

300兆円の法人三税の減税

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す (老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 消費税は社会福祉の財源だから減税できないとよく報道されるのに、付加価値税を入れている多くの国が期間限定とはいえ、コロナ禍で減税をしたことはほとんど報道されない。

 また、驚くべきことに、消費税導入以降の約30年間に国税地方税を合わせた法人諸税を約300兆円も減税してきたことも、まったく国民に知らされていない。

 「国民の知る権利」を標榜するメディアの怠慢、ここに極まれりと言わなければならない。この大規模な法人税減税の事実を知らない国民は「高齢化に伴う社会保障費増大のためには、消費税増税はやむを得ない」と完璧に刷り込まれている。

 高橋洋一氏は、社会保障は本来保険制度として維持されるもので、特定の税財源に頼るものであってはならないと主張しているが、まさにその通りだし、この消費税は低所得者層に厳しい税なのである。

 所得の低い人びとは、収入のほとんどを消費に回さなければならないが、富裕層は蓄財もできるし投資もでき、その分は消費税を負担していない。まして、デフレが続く昨今では、モノよりカネに価値が生まれる時代だから金持ちは、ますます金持ちとなっていく。

 消費税は福祉・社会保障の財源だから減税することができないとして、政府は消費税減税をかたくなに拒み続けてきた。

 しかし、「消費税だけは減税できない」というのは社会保障の財源の観点から見て正しいのだろうか。

 2020年度の国家予算を見ると、社会保障費として35・9兆円が計上され、歳入としては消費税21・7兆円、所得税19・6兆円、法人税12・1兆円などの税収が主なものとなっている。つまり、消費税だけでは社会保障費をまかなうことができず、大きな税収である所得税や法人税も社会保障費に回らざるを得ないことを示している。

 つまり、社会保障費をまかなうためには、この主要三税は「等しく重要である」のだ。では、消費税導入以来、他の主要税はどのように扱われてきたのだろうかと調べてみると、何と驚くべきことに、それぞれ大減税されてきているのである。

 富岡幸雄・中央大学名誉教授によると、消費税は導入以来の31年間を見ると、累積で397兆円の税収入となった(ここでは、特に区別しない限り国と地方分を合わせてカウントしている)。

 その一方で、所得税と住民税は同じ期間に、合わせて275兆円も減税されてきた。また、法人税関係税も大きく減税され、その合計の減税額は298兆円にもなっている。つまり、この三税あわせて573兆円もの減税をしてきていたのだ。

 消費税以外の税をこれだけの規模で減税しておきながら、31年間の合計で397兆円の税収となった消費税だけは減税できないなどという理屈が通るだろうか。まして、これらの税金はそれぞれが特別会計など建てることなく、一つの財布に入ってきているものなのだ。つまり、社会保障には使えないなどという色はついていないお金なのである。

 こうして、法人税の実効税率は51・55%から29・74%へと21・81%も下がり、所得税の最高税率は60%から45%へ、住民税の最高税率も16%から10%へ、相続税の最高税率も70%から55%へなどと、それぞれ大きく下がったのだった。

 相続税を最高税率で納める高額所得者の税の支払いは大きく下がった一方で、不思議なことに、相続の基礎控除が5000万円プラス相続者一人あたり1000万円だったものが、3000万円プラス相続者一人あたり600万円の控除となって、従来なら相続税を納めなくてもよかった多くの人びとに課税されるようになり、相続税の納税層が大きく拡大した。

 要するに、法人と富裕層は大きく減税されて、一方で消費税という低所得者層に負担が厳しい税のシェアがぐっと増えたのだ。

 特に問題なのは、その法人税の大幅減税を国難の解消に役立てたのか、ということである。2019年の出生数が90万人を切り、一挙に86万5千人に下がったことを知った安倍総理は「これは国難だ」と述べていた。

 国難ならその解消のための手を打たなければならないが、この国は「少子化が続くのは生き辛い世の中になったから」などとまるでピントの外れた議論ばかりしている。有配偶出生率は下がっていないが、有配偶率の大幅な低下が少子化に大きく効いているという事実に焦点を当てた議論がほとんどないことが、この国の思考力喪失を象徴している。

 少子化になるのは、40%近くの労働者が非正規雇用だからなのである。将来にわたって少なくとも20年間程度は安定した収入が見込めなければ子供を持つことは難しい。企業の論理で非正規雇用を増やしているのなら、国家存続の論理で、非正規を正規雇用化した企業には法人税減税を手厚くするように、この減税を活用したのかということなのだ。

 また、これだけ集中が進んだ東京・首都圏を大地震が襲えば、間違いなく日本国の消滅となるが、その一極集中の解消に向けて「東京・首都圏から地方へ本社を移転した企業に手厚く減税して、地方移転のインセンティブを与える」ことをやったのだろうか。

 300兆円もの法人税減税を、国難解消のための政策実現にまったく生かそうとしなかった知的怠慢をどう表現すればいいのだろう。まして、これだけの減税を受けても、企業は設備投資という内需拡大をほとんどやってこなかったし、労働分配率も先進国で最低レベルに下げてきて、減税分をほとんど内部留保の財源としてきただけなのだ。

 国策の実現や国難の解消に何の役にも立たなかった法人税減税とはいったい何だったのだろうか。政治はこの減税目的をなんと考えていたのだろう。

 コロナ禍を経験してみると、非正規雇用が多いことや東京首都圏への人びとの集中が、疫病に対して社会が脆弱な構造を抱えていることだとの事実が明らかとなった。この認識の獲得を正気の議論に生かしたいのである。

(月刊『時評』2021年4月号掲載)