
2025/02/04
多言なれば数々(しばしば)窮す(老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。
最近、このコラムでG7国の最近の一般政府公的固定資本形成(=公共事業費)の推移を示した。それは、1996年を100としたときの2020年の数字だったのだが、最近、それからさらに2年たった2022年の数字を入手することができた。
それによると、わずか2年でインフラ投資を、イギリスは410→516、カナダ358→427、アメリカ241→244、ドイツ194→216などと伸ばしてきており、わずかの間にもインフラ整備をさらに拡充していたのだ。一方、1996年比で100から64と思い切り縮小してきた日本は、なんと世界の傾向に抵抗するように、さらに減少して60に落ち込んでしまっていたのだ。
つまり、内需が足りずにデフレから脱却できないでいる国が、さらに内需を減らしてフロー経済の意味でも成長軌道に乗せることを拒否し、ストックの意味でも高速道の暫定2車線などの解消を急ぎもせず、国民の経済活動の活発化を否定している姿をさらけ出しているのだ。
これはインフラ投資を縮小して支出を削減し、赤字財政から脱却しようとしているということのようなのだが、残念ながらこれでは逆にしか効かず経済が成長しないために、当然税収が伸びるはずもなく沈滞したまま赤字を拡大していくだけなのだ。何年たっても学習できない実に不思議(愚かと言う方が正しいだろう)の国なのである。
日本の首脳はインフラという用語が使えないのだが、G7国の首脳はどのようなインフラ認識を示しているのか、このコラムではほとんど紹介したことがないが、少し示したい。
アメリカのバイデン大統領は、2023年2月7日一般教書演説を行い、次のように述べたのだ。「一世一代のインフラ投資法を成立させ、アメリカ国民をつなぐ架け橋を造るために団結した。世界で最も強い経済を維持するためには最高のインフラが必要だ。インフラ投資法案を成立させたことによって、世界一のインフラの地位に再び返り咲きつつある。インフラ投資法はアメリカの結束をさらに強固にする助けとなるだろう。(抜粋)」
国家のトップの発言の日本との違いに唖然とするほどの驚きなのだが、さらなる驚きは、この前年2022年の一般教書である。ウクライナへのロシアの侵攻が始まって、10日もたつか経たない時期の教書演説で、ロシア非難で埋め尽くされても不思議ではない時期だったのに、バイデン大統領は「アメリカは、これからはインフラを構築する時だ」と述べたのだ。
そして、その理由は「中国との経済競争に勝つための道筋をつけるものだ」と述べ、「アメリカ全土の道路、空港、港湾、水路を近代化し、何百万人ものアメリカ人によい雇用を創出する」と叫んだのである。
これにアメリカのメディアや共和党などからこの緊急時に何を言っているのか、といった非難は全くなかったのだが、それも当然でアメリカで進んでいるインフラ整備のための巨大投資は、民主共和両党の共同提案の法律を根拠としていたのだ。最近の大統領選挙を見ても、両党の対立には深い溝があると感じざるを得ないのだが、なんとインフラ投資拡充には意見の一致があったのである。それほどにインフラの重要性認識が一般的なのだ。
したがって、トランプ氏も大統領時代の2018年には「民主・共和両党が協力し、安全で信頼性が高く近代的なインフラを提供することを求める。アメリカ経済は、そうしたインフラが必要であり、国民はそれを享受する権利があります。私たちは、アメリカ全土に新たな道、橋、高速道路、鉄道、水路を張り巡らします」
わが国との違いを考えると、涙なしには聞けない話ばかりだ。つながりもしないミッシングリンクだらけの高速道路。大型コンテナ船が接岸できずに、プサンやシンガポールからの小型コンテナ船で輸入品が入ってくるレベルの基幹航路から外れてしまった日本の港湾。滑走路2本の成田空港と4本の仁川空港(仁川はさらに拡充中)。
トラック運転手の残業規制で2024年問題と言いながら、インフラ整備で支援しようとしない日本政府を考えると、余りも大きい彼我の違いにただ絶望感だけが残るのだ。
インフラの重要性については、過去のアメリカ大統領はすべて言及しているし、アメリカ以外のイギリス、ドイツ、イタリア、カナダなどほとんどすべてのG7国の首脳は、たびたびインフラ整備の重要性に触れている。政治首脳がまったくインフラの重要性に言及していないのは「唯一日本国」だけなのだ。
この現象は少なくともG7国の中で、唯一わが国だけが財政再建至上主義に走っていることから生じていることが大きな理由だ。この誤った思想が国民の貧困化と日本経済の世界における没落を生んでいるのだ。そしてインフラ整備縮小主義が、その大きな原因となっているのは世界の首脳の認識に照らせば明らかだ。
2024年10月の総選挙は与党が過半数を確保できないという結果となった。底の浅い解説しかできないメディアは、政治と金の問題がこの結果を生んだのだと解説しているが、財政再建至上主義を打ち出した1995年の世帯所得が660万円だったものが、2021年には545万円と115万円も減少してきた貧困化の実態に、国民は肌感覚で気付き始めたということなのだ。GDPも世界の18%程度もあったのに、今はわずか4%ほどしかない転落ぶりだ。
「巨額の財政赤字に対処するためには増税か歳出をしぼるしかない」(小峰隆夫・大正大学教授)などという家計の感覚しか持たない学者や政治家が、デフレにはまったままのこの国を30年かけて破壊してきたことを国民がやっとわかり始めたということなのだ。
元外交官の孫崎享氏は「日米開戦の正体」を表し、絶対に勝つことなどできるはずもないアメリカとの戦争を始めたことについて、「情勢判断や見通しを180度誤るほど、日本の指導者は無知だったのでしょうか。当時でも、ウソであることは解ることなのです。まさにウソであることをあたかも真実であるようにして推し進める、この体質が真珠湾攻撃に突き進んだ一番の問題だと思います」と述べている。これは昔ばなしではないのだ。
すべてのマスメディアと多くの政治家は、「国債は国の借金だ」と主張しているが、これはありえないウソだ。金融統計が証明するように「国債は国民の債権」なのである。
(月刊『時評』2025年1月号掲載)