
2026/06/02
多言なれば数々(しばしば)窮す(老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。
オールドメディアなどに流通する情報に大きな穴が開いているのではないかと感じ始めたのは、そんなに昔のことではない。最近では、特に政治的な情報ではかなりひどいバイアスがかかっているのではないかという指摘が盛んになされるようになってきた。
先の衆議院選挙報道でも、高市けなしが目立ち、投票日の朝の番組でも「円安ウハウハ発言」は、本人が丁寧に説明したのにもかかわらず、経済の足を引っ張るものだと強調していた。しかし、もう視聴者は一部切り取りの偏向報道だと知ってしまっていたのだ。
以前にも紹介したが、高市内閣の認証後に閣僚が階段で整列した姿を、NHKがダッチアングルという視聴者に不安感を与える映像で放送し、なんとそれをNHKが「よく用いる映像手法だ」と開き直った説明をしたことなどは、昔では得られなかった情報である。
NHKが説明すべきだったのは、なぜ、この場面にアングルを付けなければならなかったのかであって、「よく用いる手法かどうか」などどうでもいい説明なのだ。
何か日本の基礎というべき部分が腐り始めているような感じがしてならない。既に辞職しているが、前の福井県知事が元総務省官僚で東大法学部出身というきらびやかな履歴の持ち主だったというのに、20年にもわたって1000通のセクハラメールを送っていたことなど、筆者などには想像もつかない不思議な事件だったし、何人もの首長などが学歴詐称したり、部下との禁断の交際をするなど、組織のトップに立つ人の行動として、およそ考えることもできないレベルのハレンチ事件が相次いでいる。
その後続報もないから、どう始末したのか全く不明なのだが、原子力規制庁の職員が私用で中国に旅行するというのに公用のスマホを持参して紛失し、それに気付いたのがなんとも不思議なことに帰国してから3日も後であったということなのだが、この事件の公表も遅すぎるタイミングだった。何のために私用の中国旅行に公用スマホを持っていくのか(その必要があったのか)。このスマホが持つ情報はすべて抜き取られていると考えなければならないが、事後手当を十分に行ったのだろうかとまったく疑問なのだが、詳細は全く聞こえてこない。
2025年2月には財務省関税局職員が横浜税関と打ち合わせしたあと、税関の職員と会食に出かけ、そこで業務用パソコンと187人分の麻薬密輸に関する書類を紛失したという絶対にあってはならない級のトンデモ事故が発生した。密輸関係者の人名が入った厳重機密であるはずの書類を職場から持ち出すことができること自体が想像を超える不思議さなのだが、これも続報が全くないために、何がどうなったのか不明のままである。
大手保険会社といった超一流企業の職員が、出向先の銀行の内部情報を抜いてきたという事件が相次いでいる。誰もがその名前を知っているほど有名な企業の社員が平気で犯罪に手を染めていたなんて、まるで信じたくもないニュースが途切れることなく流れてくる。一体、何がこの国で起こっているのだろうという感じなのだ。
国会議事堂前の交通事故のその後も、報道がさっぱりなされない不思議感がある。財務省の公用車を運転するために民間から派遣された運転手が事故を起こし、1人の方が亡くなったという事故なのだが、その後の情報がまったく途切れて提供されてこない。
特許庁前の「時速130キロでブレーキを踏んでもいなかった官用車(派遣運転手)による死亡を伴った事故」のその後の顛末もさっぱり情報が途切れてしまっている。
両事件とも、同じ受託会社の事故だという。多くの人が、なぜ情報途絶が起こっているのかとSNSで騒いだりしているが、その後も謎に包まれたまま推移している。
今回の衆議院選挙では、自民党が予想を超える勝利を収めたため、比例名簿に掲載していた人数が得票に見合う人数に比べて不足していたため、14議席分が他党に振り分けられた。
これは実に不思議、不可解なことと言わなければならない。投票者、つまり有権者の意思に反した処理が行われたのだが、政治学者などからも制度上の不備について何のコメントも聞こえてこないが、これは公正な処理なのだろうか。これでいいのだろうか。週刊誌は、公職選挙法の規定を修正すべきとの世論が94・9%に達すると報じているが、専門家や政治家からはほとんど何の声も聞こえてこないのは、どういうことなのだろう。
小中高の子供たちの自殺も2025年は、2年連続で過去最多の538人にもなったとの発表もあるなど、この国は財政再建至上主義などと手段用語を目的語化して語っているうちに、子供が将来に希望を持てないというとんでもないことになってきているのだが、政治にまるでその危機感がないのは、なぜなのだろうか。
この危機感のなさも含めて、この国の基礎が腐り始めているのではないかと心配なのだ。
GDPデータの先進各国比較などを見ると、この日本国が経済規模的にも世界の中で大きく縮小してきているのは事実で、GDPの伸びを見ると、日本は円ベースで1995年からの30年間で、1・27程度の伸びを示しているが、同じ期間にアメリカは4・0倍、ドイツ1・9倍、イギリス2・9倍と伸びてきた。成長力に大差がつき、日本は世界での存在感を失ってきた。
日本は、すでに中型機以上の航空機を製造する能力を喪失している上に、開発に挑戦することすら放棄してしまった。悲しい象徴的事案は、本格的ロケットの打ち上げに連続して失敗していることで、もうロケットの打ち上げ能力もない国になったのかと多くの人が暗い気持ちを抱いている。
インフラにしても、わが国の長大橋梁は1998年の明石海峡大橋が最後の建設で、世界最長だった中央支間1991メートルは、2022年にトルコの2023メートルに越されてしまった。それでも、首都圏の経済効率向上に役立つことはもちろん、日本全体の経済成長に資する東京湾口架橋に挑戦しようとする気概もない有様である。
ゴールデンゲート橋やヴェラザノ・ナローズ橋など、長大橋梁の技術を誇ったアメリカだが、現在は長大橋の建設技術を失っていると言われている。インフラ以外もそうなのだが、挑戦する現場がなければ、技術も技能もノウハウも時間とともに消滅していくものなのである。
(月刊『時評』2026年5月号掲載)