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大石久和【多言数窮】

勤勉性と理科教育

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す(老子)

――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 日本の可住地の大きさの実態を見るのに、日本同様に小さな国であるイギリスと比較すると、イギリスの国土面積は24万㎢で、日本の38万㎢よりかなり小さいのだが、国土のほとんどが可住地で、その面積は20万㎢もあって、日本の可住地面積10万㎢の2倍にもなっている。日本がいかに小さな平野しか持てていないのか、驚くほどである。

 つまり日本は国土が山岳に占領されているかのような実態で、可住地・耕作可能地が極めて小さく、人口も多いわが国であるから穀物などの農産物の輸出で暮らしていくことなど、まるで不可能であることは説明するまでもなく、現実には主食のコメは何とか調達できているものの、多くの農産物も輸入に頼っているのが現状である。

 さらに残念なことに、鉱物資源にも石油にも、まったく恵まれておらず、工業を起こすのに必要な鉄にしてもニッケルや石油もほぼ全量を輸入に頼らざるを得ない国である。

 では、こうした海外資源を購入することができる原資はどこにあるのだろう。大金塊鉱山でもあるというならいいのだが、そのようなことは夢のまた夢であるから、「日本の資源は日本人しかない」ことに気づかされるのだ。

 若い人からはそんな時代があったのかと言われそうだが、昔、自民党の調査会の一つに科学技術立国のための総合調査会というものがあった。そうそうたる先生方が、随分幅広い関心事を持っていろんな議論をしていたことがあり、筆者も理科系人材の活用の観点から、先生方と共闘した経験がある。

 というのも、橋本行革の省庁再編劇には戦前の高等文官時代を懐かしみ、文官が官庁を動かすことがより正しいといった感じを持つ連中が皆無ではなかったのだ。資源が何もない国が世界に伍して生きていくためには、科学技術力を磨いていくしかないではないかという、当然のことが理解できず、官界に覇を唱えることを存在理由と考える輩が皆無ではなかったのだ。その観点から、以下のG7の博士号取得実態を眺めていただきたいのだ。もちろん、博士の中には文科系の方もいるのだが、多くは理系の博士号取得者たちである。

①G7国の年間博士号取得者数
アメリカ 約95000人
ドイツ  約27000人
イギリス 約25000人
フランス 約15000~20000人
日本   約15000人
イタリア 約10000人

②博士号取得者の2010年頃から2020年頃の推移(人口百万人あたり) 
イギリス 約300人 → 約370人
ドイツ  約300人 → 約330人
アメリカ 約240人 → 約280人
フランス 約160人 → 約170人
イタリア 約140人 → 約150人
日本   約140人 → 約120人(唯一の減少国)

 この実態を見て、日本が今後も世界に伍して科学技術立国などと唱えることができると考える人は、ほとんど皆無だろう。近年では、人口が日本の1/2しかないイタリアの博士号取得者数をも下回っているという悲惨な状態に陥っている。

 大企業も研究開発部門を縮小しているというが、特に基礎研究からの離脱が目立つようなのだ。経営状況を考えると余裕はないということなのかもしれないが、確実に自らの芽を摘んでいる。アメリカ有名大学の博士課程からも日本人が激減しているという話もある。

 さらに、最近驚愕の事実に出会ったのだ。それは「小中学校での理科の授業時間数の変化」なのだ。まずは、以下の数字をご覧いただきたい。

小中学校の理科の授業時間数(群馬大教授 岡崎彰氏による)
    小学校 中学校
1971年 628  420
1980年 559  349
1992年 421  315
2002年 352  290
2011年 405  385
2020年 405  385

 最近になって、少しは授業時間の回復がみられるようだが、1970年頃のレベルには程遠い有様だ。理科の知識が十分でない子供たちが小中学校を卒業するとなると、高校の教育もそのレベルを引き継いで行かざるを得ないだろう。そう考えると、この国の子供たちの理科の理解レベルが、全体として昔に比べて相当に低下していると考えなければならない。

 文部科学省は、何を考え、何のために、日本の子供たちの理科への理解力を低下させようとしているのか。国土も狭く、資源もない国が、世界に伍して生きていくための日本の競争力ツールを文科省は何だと考えているのか。省の考え方に問題があるのではないか。

 鉱物も産出しないし石油も全く取れない国は、何を資源に世界に伍して生きていける国になれるのかを考えると、理工系の人材で他国より優位に立たない限り、それは無理なのだ。斬新な工業製品の発明、効率的な産業工程の整備、人に代替できる完成度の高いロボットの導入、それによる災害現場の修復・人命の救済などなど、人口減少に直面するこの国が科学技術で克服しなければならない課題は、他のどの国よりも山積しているのだ。

 一時、理系の女子学生が世界に比して少ないと話題になったことがあるが、男子の理系専攻率もG7のどの国よりも低いのだ。言い換えると、理系以外の学生で大学キャンパスはあふれているということなのである。ごく最近、大学の理系定員増を打ち出してきてはいるが。

 文科省の事務次官経験者が、高市首相に「この際急性肺炎になって、訪米をやめろ」とXで叫んだが、彼を次官に選んだという事実は、この省の体質を示していると考える。

(月刊『時評』2026年6月号掲載)