
2026/08/03
多言なれば数々(しばしば)窮す(老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。
令和8年4月27日の経済財政諮問会議で、若田部昌澄・早稲田大学教授らは「責任ある積極財政の一環として『インフラ整備の推進』を求め、現在の社会的割引率は「将来世代の便益を過小評価している。諸外国の数値に近い2%程度に引き下げが必要」と公共事業に十分な予算を確保するように求めた(読売新聞2026・4・28)との報道があった。
朝日新聞は、さらにこの若田部教授の提案は民間議員4人の連名だったこと、金子国交相も見直しの意向を表明したとの情報も追加していた。
社会的割引率とは、一般には聞きなれない言葉だが、インフラ投資を考える上では極めて重要な指標で、これがEU諸国などに比して、これだけの低金利時代だというのに日本ではかなり高く、2004年から20年以上も4%のまま据え置かれ、その結果もあってインフラ投資が極端に抑制され続けてきたのだった。
民間議員の連名だったというから、第一生命の永濱利廣氏、DeNAの南場智子氏、経団連会長の筒井義信氏も賛同したということになるが、「本当かな」という印象だ。というのは、この引き下げに抵抗し続けてきたのが、財務省だったからなのだ。割引率が低くなれば、便益の現在価値が上がり、投資が正当化しやすくなるからである。
この問題をかねてより指摘し続けてきたのは、財務省OBの高橋洋一氏だった。彼は「日本は、長い間4%という高い社会的割引率の水準のまま全く変えず…、日本は将来に向けたインフラ投資へのインセンティブが生じないようにしている」と述べ、さらに「世界は国債利率等の金利動向に合わせて変動させてきている」と指摘してきたのだ。
実際、この高い社会的割引率を採用してインフラ投資を抑制してきた結果、内需は拡大しなかったから、経済は成長せず、そのために国民の貧困化が進んだのだった。
国土交通省の当初予算は、驚くべきことに2014年から2024年にかけて10年にわたって、6・0~6・1兆円に固定され、政府によるインフラ投資はまったく伸びてこなかった。10年間も予算が固定されたままなどということがあるのだろうか。そのためインフラ整備の補助金も伸びなかったし、地方公共団体も財政難に苦しんできたから、都道府県と市町村の土木費は、1995年から2021年にかけて、なんと47・6%もの減少を示してきたのだ。
これでは、予算と技術職員の不足から、地方が管理する橋梁が次々と通行止めになって利用できず、その結果、特に地方での移動効率が大きく低下する事例が続出しているのも当然ということなのである。
2023年のNHKの報道によれば、「緊急に対応が必要なのに未対応である橋梁が、全国に343橋あり、そのうちの265橋が1年以上も通行止めで、なお、5年以上が132橋、10年以上が34橋、20年以上も7橋もある」というのだ。
長期にわたり通行止めにしてきた橋梁は、もう改修の方法もなく放棄していくしかないのだが、繰り返しだが、こうして社会の利便性や非常時などでの安全性が毀損していっているのである。読売新聞は、2025年7月の報道でこうした事態には「国による維持管理強化が必要」と述べるのだが、予算確保などの具体的提案は示していない。
日本が1995年の財政危機宣言に縛られて、何もかも節約・削減が正義であるという流れを生み、特に受益者の多くが現在は選挙権を持たない将来世代であるインフラ投資を極端に絞り始めてからの日本の動きを、他のG7国などと比較して示すと以下のようである。
1996年から2022年までの政府公的固定資本形成費推移(公共事業費から用地補償費を除く)
1996年=100
イギリス 516、カナダ 427、アメリカ 244、ドイツ 216、フランス 207、イタリア 188、日本 60
アメリカのインターステートハイウェイやドイツのアウトバーンに、繋がるべきところがつながっていないというミッシングリンクがあるだろうか。ミッシングリンクだらけの高規格道路しか持たない日本が、それをつなぎもしないまま半減レベルに整備費を削減してきたなどということが、世界の常識で考えられるだろうか。
高速道路による輸送の高効率性は、その国の経済競争力の基礎中の基礎ではないのか。
そして、これは道路だけのことではないのだ。世界最大級のコンテナ船は大型化したことから水深18mのバースを必要としているが、日本は全国に神戸港、名古屋港など大規模港湾をいくつも持っているが、18m水深のコンテナバースは横浜港に一つあるだけで、この状態は何年も前から変わらない。つまり18m水深コンテナバースはまったく増えていないのである。その国が、輸出大国だの貿易立国だのと語っていることなど、漫画そのものなのだ。
空港の事情もひどいもので、日本を代表する国際空港の成田は、最近第三滑走路の議論が本格化し始めたが、ここには4000mと2500mの2本の滑走路しかないのが現状だ。
しかし、日本から相当に遅れて整備された韓国の仁川空港には、現在すでに4000m滑走路に加えて3750mの滑走路が3本も整備されていて合計4本の滑走路を持つが、それでもいま拡張が検討されているというのだ。
すでに、アダム・スミスの『国富論』の時代から指摘されているように、社会の基礎を構成し、幅広く多くの人々に利用されるインフラは、基本的に「民間の利潤動機では社会に提供されることはまずない」社会への公共サービスであり、それは公的部門の責任範疇である。
そして、重要なことは、交通インフラは経済競争力の根源であるから、経済的な競争国との相対比較で整備レベルや整備水準を評価しなければならないということなのだ。
この極めて重要な視点を、少なくとも1995年以降の日本人は放棄してしまったのだ。国民が働いても働いても、企業が頑張っても頑張っても成果を出すことができないのはインフラの低い整備レベルに起因するが、それは財政だけの議論に終始してきたからである。
(月刊『時評』2026年7月号掲載)