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子どもの医療を中心に、その後の成長や女性の健康まで幅広く/国立成育医療研究センター理事長 五十嵐 隆氏

実用化へ研究が進む再生・細胞治療

――研究体制の概要についてお聞かせください。

五十嵐 研究所は、文字通り試験管を振って研究する〝wet labo〟九つ、主に統計処理や医学・医療に必要な政策を研究する〝dry labo〟二つによって構成されています。

 「先天性疾患遺伝学的検査部門」を立ち上げ、小児難治性遺伝性疾患の原因遺伝子の解明やその機能解析を通じて、新規診断法と治療法の開発を行っているほか、インプリンティング疾患などのエピゲノム異常による小児内分泌疾患の病因・病態の解明を行っています。

――やはり遺伝子の解明は重要なテーマなのですね。

五十嵐 子どもの難病の多くは遺伝子の異常に起因します。難治性疾患の6割以上が遺伝子異常に起因すると言われています。2025年4月現在、ヒトの遺伝子の数は1万7534が同定され、病気の原因となることがわかった遺伝子数は6972に及び、毎年約270の新しい遺伝性疾患が明らかになっています。このような難治性疾患の根本的治療として、再生・細胞治療、遺伝子治療に強い期待が寄せられています。

 また、免疫アレルギー疾患の治療法開発、小児がんの新しい診断法・治療法開発、ES細胞・iPS細胞を用いた再生医療の開発、生殖に関連した分子機構の解明、バイオバンクの運営などの活動を通して、小児・周産期医療の発展に貢献しています。

――こうした再生医療は、先端医療技術として非常に注目を集めていますね。

五十嵐 当センターは日本で2施設しかないヒトES細胞の樹立機関であり、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の事業である再生・細胞治療、遺伝子治療・中核拠点の一つとしてAMEDに認定され、そのご支援の下で、活躍しています。

 その成果の一つである先天性尿素サイクル異常症患児へのヒトES細胞由来の肝細胞移植は、世界で初めての画期的な治療法です。有毒なアンモニアを体内で分解できない尿素サイクル異常症の生後まもない赤ちゃんにヒトES細胞由来の肝細胞を移植し、血中アンモニアの濃度を抑えるという治療法です。根治療法である肝移植を行える生後5カ月頃に成長するまでの「橋渡しの治療」としてこれまで5人の患者さんに実施し、安全性と有効性を確認しています。再生医療製品としてできるだけ早く発売されることを願っています。その他に、先天性食道閉鎖・狭窄症の患者さんに、粘膜上皮細胞から作られた細胞シートを狭窄した食道粘膜に移植し、狭窄の進行を抑制する効果を得ています。

 また、オルガノイド(ミニ臓器)を用いた研究も行っています。ヒトiPS細胞から神経細胞とオリゴ前駆細胞を作り、共培養して髄鞘(ミエリン)化したヒトの神経細胞を初めて作り出すことができました。低出生体重児にみられる脳室周囲白質軟化症などの白質障害の病態解明のための研究を始めています。また、ヒトiPS/ES細胞から小腸の粘膜上皮と粘膜下組織とが一体となったミニ小腸を作成し、腸管ウイルス感染の研究等に応用しています。将来は小腸移植にオルガノイドを用いることを目指しています。

 さらに、昨年から当センターは女性研究者支援を目指して、文部科学省が実施している事業であるダイバーシティ研究環境実現イニシアティブに選ばれ、女性研究者の支援、特に、リーダーとなる女性研究者を増やすための活動にも力を入れております。

長期追跡調査から得られた新たな発見

――関係省庁との連携状況はいかがですか。

五十嵐 前述した二つのdry laboで形成される成育こどもシンクタンクでは、子どもの健康を守る療育環境の在り方や、次世代の健全な育成に資するための政策に関連する研究を実施し、成果や政策提言を社会に公表することで、社会貢献を果たしています。これに関しては、こども家庭庁や厚生労働省との連携も深めています。

 社会医学研究部とこころの診療科を中心とした研究者、医師が集まったコロナ×こども本部では、コロナウイルスの流行中に子どもからの意見を聴取し、子どもの声を聴き、その結果を発信しました。病気に対する子どもの不安が大きく、思春期女子のうつや神経性食欲不振症の患者さんが増えていることや、ワクチン接種対象者が初めは高齢者のみであったことから、社会から自分たちが取り残されていると不安を感じる子どもが多いことなどを発信しました。

 また、10万人の母子を対象とする国の「出生コホート調査」である「エコチル調査研究事業」の立案と支援、新生児マススクリーニングの精度管理、小児慢性特定疾病情報センターの運営、妊娠と薬情報センターの運営などを通じて、日本全体の周産期・小児医療の基盤・情報整備に大きく貢献しています。実際に長年の「出生コホート調査」で蓄積したデータを解析することで、新たな発見も得られつつあります。

――どのような発見でしょう。

五十嵐 子どもの食物アレルギーが現在増えています。その原因は、子どもにアレルゲンとなる食品を食べさせるために起きる、とこれまで考えられておりました。しかしデータを分析した結果、離乳までの生後5、6カ月頃までにアトピー性皮膚炎などを持つ赤ちゃんの皮膚からアレルゲンが侵入して経皮感作し、離乳食を開始してから発症することがわかりました。つまり、アレルゲンのある食物を早く食べたことが原因ではなく、食べる前に赤ちゃんの皮膚から感作されることが食物アレルギーの主因だったのです。従って、食品を初めて口にする以前に、バリアー機能の低下した皮膚から食物抗原が体内に侵入しないよう、乳児期の赤ちゃんの皮膚をしっかり守ってバリアー機能を保つことが、食物アレルギーの発症予防として重要であることが「出生コホート調査」による研究で明らかになりました。

 その他、低出生体重児の長期的健康リスクの解明、子どものメンタルヘルスの改善に繋がるエビデンスの創出、新生児マススクリーニングの拡大対象疾患(SWA、SCID)の意志決定における判断材料の提示、出産時の父親のメンタルヘルスの実態調査や父親支援マニュアルの作成などの成果を上げています。