
2025/10/07
日本初の小児専門病院「国立小児病院」を母体とする国立成育医療研究センターは、今では小児医療だけでなく、総合周産期母子医療センター、医療型短期入所施設の運営、さらに昨年秋には「女性の健康総合センター」を設立するなど、子どもの成長過程とその家族へのケア、これまで日本で遅れていた性差医療など、幅広い医療・研究拠点として知られている。各種課題を乗り越え、さらなる医療の充実へ向け日々挑戦している同センターの取り組みを、五十嵐隆理事長に幅広く解説してもらった。
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小児医療の中枢的、指導的役割
――最初に、貴センターのあらましについてお願いします。
五十嵐 当センターは、1965(昭和40)年4月、世田谷区太子堂に日本で初めて設立された小児専門病院「国立小児病院」に由来します。海外の治療成績に比べて、当時の日本の小児医療は遅れている分野が多々あり、欧米の治療成績に追いつくことを目的に設立されました。
「国立小児病院」設立のお手本にしたのはドイツ・フライブルグの小児病院で、規模や病院の作りが類似しています。米国・英国のような総合病院・大学に併設して作られた小児病院ではない、子どもの医療を専門としたいわゆる「stand alone型」の小児病院です。子どもに特化した独立の施設である意義は大きいのですが、一方で近接する成人の医療施設などと高価な機材の共有ができないなどの経営面での課題があります。さらに、疾患を抱えながらも子どもが成人になると、今度は成人特有の病気も出てきます。そうすると「stand alone型」より米英のような総合病院や大学と近接していた方が、患者さん本人としては一つの施設で治療を受けられる面があることも確かです。
――それでも、国立小児病院がスタートしたことで、子どもの生存率改善に大きく寄与したと聞きました。
五十嵐 確かに、設立以後「国立小児病院」は内科系・外科系・精神科系の全ての子どもの病気を診る施設として活躍し、治療成績の点では欧米に負けないレベルに到達、日本において小児医療の中枢的、指導的役割を果たしてきました。さらに、移植や再生医療、研究面で世界に誇る成果を上げています。
小児の難治性疾患等に対する高度先進医療を推進するためには、臨床面だけでなく研究面での充実を図ることが必要です。良い医療を提供するには良い研究をすることが必要なのです。そこで84年には国立小児病院内に初めて、研究部門としての「小児医療研究センター」が併設されました。
その後2002年3月に「国立小児病院」は「国立大蔵病院」と統合し、より専門性の高い医療の推進を目指して、大蔵の地にて、日本で5番目の国立高度専門医療研究センター(NC)である「国立成育医療センター」の活動が始まりました。「国立小児病院」の設立から数えると、今年はちょうど60年目になります。さらに24年10月から、当センターに「女性の健康総合センター」としての新たな役割が付与されました。
ニーズの変化に合わせた医療提供を
――現在では、設立当初の医療ニーズも時代に合わせて変化しているのでは。
五十嵐 ご指摘の通り、「国立小児病院」の設立から60年が経過した現在、小児・周産期医療に対するニーズは大きく変わりました。
まずは臨床部門から申し上げると、当センターの病院には小児・周産期の全ての病気に対処できる内科系・精神科系・外科系合わせて28の診療科を有します。これは周産期・小児病院としては国内最大規模です。
肝臓、腎臓、心臓などの臓器移植はもちろん、特に生体肝移植は年間70例以上に及び、実施数や患者さんの生存率は世界一を誇ります。また先天性免疫不全症・血友病・脊髄性筋萎縮症などへの遺伝子治療、先天代謝異常症の酵素補充療法、重症アトピー性皮膚炎・食物アレルギーの治療、一絨毛膜性双体児、横隔膜ヘルニア、大動脈狭窄などの子どもに対し、胎児治療などの高度先進医療で実績を上げています。
また、最近になって注目されているのが無痛分娩です。当センターでは20年以上前から無痛分娩を24時間365日体制で実施してきました。現在、産科専属の麻酔科医も8名おります。無痛分娩は、出産時の妊婦さんの心身の負担を軽減し、女性の健康のためにも極めて有用です。私どもの施設では年間約2000件以上の出産がありますが、正常分娩の妊婦さんの8割以上が無痛分娩を選択されます。今後、日本では無痛分娩の需要がさらに高まることが予想されることから、安全で有効な産科麻酔を実施するため日本全国からの研修を受け入れる体制を構築中です。
そのほか、年間に10件以上の医師主導治験(国内だけでなく国際共同治験も)や300件以上の臨床研究を実施しています。その他、毎年10件ほどの学会などが作成する診療ガイドラインの作成にも貢献しています。
――他の医療課題への対応についてはいかがでしょうか。
五十嵐 いわゆるドラッグ・ラグ、ドラッグ・ロスへの対応がその一つです。2010年代後半から、欧米では使用されているのに、日本では使用できない医薬品が稀少疾患、特に小児領域で多いことが指摘されています(2024年3月、ドラッグ・ラグ:53品目、ロス:82品目)。これに対し、小児医薬品開発ネットワーク支援事業として臨床研究センターを立ち上げ、日本で承認されていない小児用医薬品の臨床試験を実施しています。これまでに9品目の国内承認を得ることが出来ました。
進化する医療とケア体制
――近年、医療研究にAIを活用することも増えているそうですが、こちらではいかがでしょう。
五十嵐 はい、AIを使った研究実装事業にも力を入れ、「AIホスピタル事業」を展開しています。
先天性疾患の子どもの最終診断には遺伝子解析が必要ですが、網羅的遺伝子解析には時間と労力を必要とします。そこで、臨床所見・症状などを入力するとAIが候補疾患名と原因遺伝子の候補をリスト化して明示する稀少疾患診断システムを作成し、実際に利用しています。候補疾患名と候補遺伝子が限定され、早期に診断することができるようになりました。
その他、患者さんの臨床症状や所見を話すと、話した内容がカルテに文字として記録される音声入力装置を開発中です。救急車内、ICUなどで使用し、医師・看護師の負担が大きく軽減されます。また、白血病患者さんの骨髄標本上の白血病細胞をAIが極めて短時間で正確に診断する白血病細胞自動同定システムを作成し、臨床に応用しています。
――病院ではなく、家庭で医療的ケアが必要な子どもの患者さんについてはどのような対応を?
五十嵐 2014年の厚生労働省調査では、在宅での医療的ケアが必要な子ども(0―19歳)は2万385人、人工呼吸器管理が必要な子どもは5449人に及びます。高度先進医療を推進することで、子どもの死亡率は激減しましたが、低出生体重児として生まれ、その後も人工呼吸器から離脱できない場合など、慢性疾患や障害を持つ子どもの数は増えています。
そうした患者さんのほとんどは在宅での医療を受けていますが、ケアするのは保護者、特に母親です。24時間365日のケアを担うご家族の負担は大変大きく、本来ならば高齢者の医療と同じように、ご家族にはさまざまな支援が必要です。21年には「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」が公布されましたが、支援はまだまだ不十分です。高度先進医療を進めることが医療的ケア児を生み出していることを忘れてはならないと考えます。
そのような認識の下で、患者さんとご家族を支援するための医療型短期入所施設「もみじの家」を16年4月から新設し、運用中です。施設内では患者さんとご家族の部屋を隣接させ、ご家族は患者さんと一緒に過ごすこともできますし、一時帰宅もできるシステムになっています。
当初は運営に大きな赤字が出ていましたが、国からの加算や自治体から費用補助等のご支援を受け、さらにご寄付もいただいたことで、運営9年目となる昨年、初めて黒字になりました。ご支援に感謝しております。