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研究と同時に日々、患者さんの治療と幸福度の向上を/国立精神・神経医療研究センター 理事長 中込和幸氏

なかごめ かずゆき/昭和34年7月20日生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部卒業。平成17年鳥取大学医学部脳神経医科学講座精神行動医学分野教授、23年国立精神・神経医療研究セン ター上級専門職、24年同臨床研究支援部長、25年同臨床研究推進部長、26年同病院副院長、27年同精神保健研究所所長、31年同病院院長、令和3年4月より現職。公職多数。
なかごめ かずゆき/昭和34年7月20日生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部卒業。平成17年鳥取大学医学部脳神経医科学講座精神行動医学分野教授、23年国立精神・神経医療研究セン ター上級専門職、24年同臨床研究支援部長、25年同臨床研究推進部長、26年同病院副院長、27年同精神保健研究所所長、31年同病院院長、令和3年4月より現職。公職多数。


 国立精神・神経医療研究センター(NCNP:National Center of Neurology andPsychiatry)は、変化の激しい社会環境下において、精神と神経という現代人を悩ませる病気に、研究と治療の両面から挑み続けている。近年、画期的な新薬を共同開発し、また新たな研究対象に応じて柔軟な組織編成を打ち出すなど、常に成果を生み出しながら次なる領域への対応を図る。現在でもなお繊細なテーマにどうチャレンジしているのか中込和幸理事長に語ってもらった。



日本初の、CBT専門の研究機関

――まず、NCNPの沿革をお願いします。

中込 そもそもは1940(昭和15)年に、傷痍軍人における精神疾患者の治療施設『傷痍軍人武蔵療養所』として開所したのが始まりです。戦後は一般国民を対象とした国立の精神病院『国立武蔵療養所』として再スタートし、その後、病院機能や神経の研究機関を付加しながら、86年に国立武蔵療養所、同神経センター、国立精神衛生研究所が統合されてNCNPの前身たる国立精神・神経センターが発足しました。さらに2010年に独立行政法人化、そして15年に国立研究開発法人となり現在に至ります。当初の精神科の療養所から、さまざまな経緯を経て研究を主とした施設へと変化してきた、と言えるでしょう。

――同時に現在も治療・療養も行う総合的な機関であると。

中込 そうですね、NCNPの大きな特徴は所内に病院を併設し、日々患者さんの治療に当たっているところだと思います。従って治療をしながら、患者さんの協力を得て、さまざまな臨床研究、疾患研究に取り組む環境を整えています。

 また、精神と神経という二つの異なる分野の研究所を擁している点も特徴の一つです。精神保健研究所は精神疾患を対象として政策医療的な研究も含めた機関であり、神経研究所は神経生物学すなわちバイオロジカルな研究を推進し神経疾患を主な対象としています。

――そうしますと、NCNPの基本的な組織構造はどのようになっているのでしょうか。

中込 病院、精神保健研究所、神経研究所を鼎の構図として、その間に四つのセンターが位置し、具体的な研究開発に取り組む一方、病院と研究所間のシームレスな連携を支える役割を担っています。

 まず、脳病態統合イメージセンター(IBICⓇ)。イメージング技術を生かした統合的画像診断法の開発に取り組むセンターです。

 次いで、メディカル・ゲノムセンター(MGC)。バイオリソースの活用とゲノム情報を用いた診断・治療開発を行うセンターです。また、外部の研究機関や企業にもバイオリソースを提供できるように生体試料を保管・管理するバイオバンク、ブレインバンク等も整備されています。

 三つ目がトランスレーショナル・メディカルセンター(TMC)。研究所で生まれた治療薬のシーズを病院での臨床試験につなげるなど、研究と臨床の橋渡しを行います。最後が認知行動療法センターです。ここは日本で初めての、認知行動療法(CBT)を専門とする、研修・臨床・研究センターです。実臨床で適用されている認知行動療法について、現在ではまだ診療報酬として認められていないような疾患に対する効果の検証研究を行っています。と同時に、CBTを日本のさまざまな医療機関に普及・均霑化させていくための研修なども、精力的に実施しています。

――認知行動療法センターは、日本初のCBT専門の研究センターとのこと、非常に希少で意義ある機関ですね。

中込 CBTというのは、精神科の中で最もエビデンスが多い心理療法だと言われています。当センターの患者さんでも、必ずしも薬を使わずに治療を行う場合がありますが、その技法の一つがCBTです。

 この療法はしばらく前に海外から日本に導入されたものですが、一部の医療機関では使われつつも、なかなか全国的な広がりにはなりませんでした。

――先ほどご指摘されたように、これまで心理士がCBTを実施した場合に診療報酬の対象になっていなかったため、積極的にこの療法を行おうという意識が働きにくい、という要因もあるかと思います。

中込 しかし、今年度の診療報酬改定により、6月1日から臨床心理士さんもこの治療を行うことで保険算定できるようになりました。

――まさに直近の、大きな変更となりましたね。

中込 そうですね、これまで臨床心理士さんは、検査の場面では診療報酬につながる行為は多くありましたが、いわゆる治療行為についてはかなり限定的だったため、今回の改定は大きな進歩だと考えています。それ故、今後はCBTが各医療機関で広く使われるよう期待しておりますし、こうした療法を支えるための研究、そして普及活動を展開するべく、認知行動療法センターは現在多忙を極めています。

(資料:国立精神・神経医療研究センター)
(資料:国立精神・神経医療研究センター)

「エクソン53スキップ」の開発

――では、NCNPの理念やミッションについて教えてください。

中込 「精神疾患」「神経疾患」「筋疾患」「発達障害」の4領域を克服し、「脳とこころの健康大国」を達成することをミッションとして掲げています。

――「筋疾患」も領域の対象に?

中込 筋疾患というものは筋原性という文字通り筋肉の病気に加え、筋肉を支配する神経の障害が筋肉に疾患として表れる場合がありますので、神経と筋肉とは有機的につながっていると捉えています。
 
 この点、NCNPが注目を集めた事例として、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の治療薬「エクソン53スキップ」の開発が挙げられます。

――筋ジストロフィーは筋肉が徐々に衰える難病として、長らく治療薬の開発が待たれてきましたね。

中込 NCNPと日本新薬㈱が共同開発した『ビルトラルセン』は、エクソン53スキッピングの治療対象になるDMD患者のジストロフィン産生を回復させることによって、疾患の進行を抑制するとともに疾患の状態を改善することが期待される薬です。2020年に、治療薬として厚生労働省の早期承認を受けました。現在は市場に出て、国際的にも広く治療に使われています。

 また最近では、世界初のデュアルターゲティング核酸医薬であるエクソン44スキップの治療薬『ブロギジルセン』の開発が進み、早期試験の結果では、ジストロフィン蛋白やメッセンジャーRNAの増加率が『ビルトラルセン』にも増して画期的に高い数値を示すことができました。海外では希少疾病指定を受けている非常に有望な新薬の候補です。このように筋ジストロフィーに関しては、かなり力を入れて研究を進めています。

児童精神診療部を新たに設立

――長い歴史を有するNCNPですが、少子高齢化の進展など、社会状況の変化や複雑化等により、求められる研究の内容に変化が生じているのではないでしょうか。

中込 はい、社会のニーズに対し敏感に反応し、応えていくことも私たちの使命です。

 例えば高齢化に伴う認知症治療においては、原因物質であるアミロイドβを除去する抗体医薬が登場しましたが、この開発にはNCNP神経研究所の岩坪威所長が深く関わっています。従って私たちとしても、この新しい抗体医薬が実際の診療場面でどれくらい効果を発揮できるかに取り組むと同時に、そのデータをレジストリという形で蓄積して、次なる改善につなげていくことに注力しています。できるだけ早期にこうした治療薬を投入することがより良い効果につながることが分かりつつありますので、新しい薬をどのように使うかという点に関しても、今後はこれらのデータが大きな意味を有するものと想定しています。

――メンタル分野に関してはいかがでしょう。

中込 ご承知の通り、現代社会ではさまざまな問題が発生しており、その中でも特に対策を講じるべきは、子どもの心の問題です。これはいわゆる発達障害に含まれる自閉症スペクトラムや注意欠陥多動性障害を抱えるお子さんが、学校に上手く適応できずに引きこもるケース、あるいはいじめ等による自殺の増加など、喫緊の問題として研究に傾注しています。

 一方、わが国では、子どもの心を扱える児童精神科医はこれまで極めて少なかったことから、この4月よりNCNP内に、児童の専門医を常勤3名体制で配置した「児童精神診療部」を新たに立ち上げました。現在は、外来部門を開始したところですが、病棟を開設するために鋭意準備中です。

 また、当センターが所在する東京都小平市とも連携し、いじめに関する委員会に児童精神診療部の医師が参加するなど、自治体とも密接な連絡体制の構築を進めています。NCNPの精神保健研究所には、発達障害に関連する研究を行う、知的・発達障害研究部があり、高橋長秀部長も児童精神科医ですので、新設の診療部と連携し、研究と診療、また人材育成について、協働して推進してまいります。

多角的な側面からの対策を

――子どもの精神の問題には、脳神経や遺伝のような原因となるものが特定しにくく、原因に対してこれを除去するような治療とは方策が異なると思われますが。

中込 私自身も精神科医なのですが、精神医療はバイオサイコソーシャルと言われ、ただ一つの側面からアプローチするのではなく、多角的な側面からの対策が求められます。例えば、少し前には存在しなかったインターネット空間やソーシャルメディア等の普及・浸透により、プラスの面もあれば社会に陰を落とす部分も同時に生じます。そこでコミュニケーションが上手く取れずに孤立する、というお子さんもいらっしゃいます。

 精神保健研究所では、まさにインターネット依存、スマートフォン依存の研究にも携わっております。これらネットやスマホに接している時間をスクリーンタイムと言いますが、これが長時間にわたるようになると、その子の精神的な健康に影響を及ぼすことは、容易に想像し得るものの、やはり実証的なエビデンスをしっかり蓄積していくことが重要ですし、またそうした状況への対応法を探ることも、私たちの重要なミッションだと認識しています。

 一方で、子どもの心の病気に、バイオロジカルな側面がまったく無いわけではありません。しかし、精神というのはなかなか動物モデルで研究するのが難しい領域です。昔はうつ病マウスやラットなどが用いられましたが、人間のうつ病とラットのうつ病モデルを同等に捉えることはできません。そこで私たちは、ラットよりも人間に近い、霊長類のマーモセットを精神疾患の研究に用いています。

――どうしてマーモセットなのですか?

中込 意外に思われるかもしれませんが、マーモセットは社会的行動をする動物という点で、ヒトに近いモデルとなり得るのです。そこで現在、神経研究所でこのマーモセットをモデル動物に使って、脳の変化、分子の変化がどのように発達障害にみられる行動と関連するか等の研究を進め、多方面からアプローチして解決しようと努力しています。

 他方、心理・社会的な問題として深刻なのは、メディアでも頻繁に報道される、児童期の虐待体験です。

――確かに、悲惨な事例が後を絶ちません。おそらく、報道に現れるのは氷山の一角で、水面下に無数の事例がある非常に深刻な問題かと。

中込 これは単に虐待する親や周囲を責めても根本的な解決にはつながりません。こうした状況が生み出される環境をいかに防止できるかが重要な点となります。

 一つの対策の例としては、間もなく母親となる妊婦さんに対するメンタルヘルスサポートや心理教育など、新生児が産まれる以前からの働きかけが有効ではないかとする報告がされています。