
2025/07/08
諸物価高騰などインフレ状況下に入り、また膨大な国債残高を抱えながらも金利上昇局面に移行するなど、わが国の財政運営はかつてない難局を迎えている。財務省は内外環境の変化を鑑み新年度予算編成に新機軸を取り入れるなど、金利の変動が国民生活に大きな影響を及ぼさないよう、日々奮闘している。が、そうした努力を空しくさせるような財務省解体論が声高に叫ばれるのが現実だ。新川浩嗣次官に、財政当局を取り巻くこれらの諸相について広範に解説してもらった。
Tweet
中長期的視点による予算の新機軸
森信 まずは直近の令和7年度予算編成について、ポイントをお伺いします。今回、各種の新機軸が打ち出されているのが大きな特色だと思います。特に、財源を中長期で確保しながら政策を同時に決定しているという点では、従来の予算とは一線を画していると言えるでしょう。
新川 諸外国も同様だと思うのですが、やはり気候変動対策のように一定程度、国なり政府が関与し、かつ継続的な実施が求められる政策分野がいくつかあります。ですがこれらについては、従来から予算の単年度主義の弊害が指摘されてきました。
それを取り除くための手立てとして、基金を設けるという手法がここ数年取られてきたのですが、一方で基金は一度積まれると、今度はその活用について上手くガバナンスが働かないケースも生じます。また財政規律の面から見てもいかがなものかという議論もあり、基金の多用は政策目的達成の観点からも好ましくない、という方向に傾きつつあります。
森信 基金を積むときに、必ずしも十分な査定が為されていなかったという指摘も少なくありません。
新川 やはり設立当初に比べて状況は変わっていきますので、組成から3年経っても当初目的通りに使われない場合については返納を求めるなど、見直しも行っています。
代わりに単年度主義の弊害を除去する手立てとして、国が継続的に支援していく施策や、産業界の協力を得ながら中長期的な視野で取り組むべき分野を特定するという方向性が考えられます。特に企業の視点に立つと、政府が途中で方向転換するとなかなか予見可能性が確保されないという面もあり、ならばむしろ中期的な財源の確保と政府の支援を、法律や中長期的財政スキームという形で担保する形が望ましい、こういう考え方が令和7年度予算にも反映されました。
森信 国が中長期的に支援すべき分野というと、どのようなものがありますか。
新川 例えば、防衛力の整備ですね。近年の予算編成は少子高齢化の進展を踏まえて、どちらかというと年々増加する社会保障関係費をどのようにコントロールしていくかに力点が置かれてきましたが、直近の数年で大きく伸長しているのがこの防衛費です。わが国を取り巻く安全保障環境はおそらく戦後、最も複雑で、最も厳しい状況にあると言っても過言ではありません。
この状況は今後も続いていくと予想される中、防衛力の整備予算はどうしても必要となります。5年ごとに防衛力整備計画を策定しますが、いま進行している計画については43兆円の予算を確保しています。
森信 その財源としては。
新川 税制措置に加えて、その前にさまざまな税外収入や歳出改革等で財源の確保を図ります。この点は本年3月に成立した今年度税制改正でも、措置するよう盛り込まれました。
森信 所得税増税の開始時期決定については先送りになりましたね。
新川 はい、他方で法人税、たばこ税の引き上げ等で計約1兆円を確保しています。
森信 防衛スキームには、締めてみなければわからないはずの決算剰余金が43兆円の財源の中に含まれています。これはどう考えるべきでしょうか。
新川 税収が伸びていく中で、与党を中心に、税収が上振れした分も活用していくべきではないか、という議論がありました。見積もりを超えて税収が確保できた場合には、決算剰余金に反映されることになることから、防衛財源として決算剰余金を活用することには、税収の上触れ分を活用という意味合いも込められています。
とはいえ、決算剰余金はいつも必ず一定額生じるとは限りません。そのため10年間平均にならすと1・4兆円くらいになるので、財政法の規定に則り半分の0・7兆円を国債の償還に充て、残る半分の0・7兆円を防衛財源として位置付けています。それに対し、補正予算の財源として使われるべきものの〝先食い〟ではないかといったご批判があることも承知しております。
新しい国債、GX債の発行
森信 その他の中長期的に支援を擁する分野についてはいかがでしょう。
新川 岸田前内閣から続く、こども・子育て政策ですね。〝静かなる国難〟とされる少子化の進行については、政府としても持続的に取り組む課題だと位置付け、「こども未来戦略」の加速化プランに基づき、2028年度までの総額3・6兆円の施策充実を決定しています。これも社会保障を中心とした歳出改革や、既定予算の活用等で財源の確保を図ります。また社会保険制度全体の制度を見直していく中で、保険料財源が軽減される部分を子育て支援金という形で新たに徴収する、そういう仕組みを構築しています。
また、気候変動対策も同様に息の長い取り組みが求められます。この問題も民間にだけ任せておくと、なかなか外部経済効果との関係もあって進捗が滞りがちになるため、政府と民間が歩調を合わせることが重要だと捉えています。この方針の下、官民共同でGX(グリーントランスフォーメーション)に対応するべく10年間150兆円の投資を行い、このうち国は先行して20兆円を投資することをコミットしています。国がこうした環境分野に予算を投じることで、日本がカーボンニュートラル達成に向けて本腰を入れていることを明確化できると思います。
森信 直近では米トランプ政権のパリ協定離脱が国際社会にインパクトを与えています。
新川 はい、短期的には紆余曲折も予想されるテーマですが、これも中長期的未来を見据え、従来の化石燃料依存型の産業構造では成長が阻害されるという危機感に立ちつつ、カーボンニュートラルは新しい分野ですから官民で資金を投じることで、今後の成長のシーズを作ることも期待されます。
その中で特徴的なのは、やはりGX債という新しい国債を発行する点です。その償還財源としてカーボンプライシングによる化石燃料賦課金の導入、あるいは排出量取引制度を通じた長期的な収入を充てていく方針です。
森信 化石燃料賦課金は新たな法律が先の国会で通過しました。さらに排出枠の有償調達制度の創設も予定されている。ということは財源が確保されるということですね。
新川 確保はされるのですが、今後、化石燃料の需要が漸減すればそれに伴い石油石炭税収も減っていくので、それとのバランスを調整する形になると思います。つまり企業から見ると、カーボンプライシングの負担が増えていく一方、従来の石油石炭税やFIT(固定価格買い取り制度)の負担が少しずつ下がっていく、つまり急には負担が増えないように工夫されているわけです。
森信 経済安保関係についてはいかがですか。
新川 まさにこの1、2年を例に取ると半導体ですね。国内で確かな供給体制を構築する、そして世界に劣後しないよう次世代の半導体を日本が生産していく、これがわが国の経済安全保障上、極めて重要な命題となります。
とはいえ、安定生産・供給に向けては莫大な初期投資を要するため、当初は国が主導し、以後は徐々に民間資金の活用へ代替していく方針です。エネルギー対策特別会計において特会債を発行し、財政投融資特別会計投資勘定からの繰り入れで償還財源を確保していきます。これをこれまでのように基金のみに頼ると、ある時期の補正で予算が付いたとして、次も同様に付くかどうかは定かではなく、また付いた財源がどのように使われるか、あらかじめ確定的には分かりません。しかし、償還財源を確保した上での特会債の発行というスキームを用いれば、あらかじめ政府が閣議決定なり法律で支援スキームを明確にし、企業にとっても予見可能性が担保できます。このような形で財源を活用するのが、ここ数年の新たな新機軸となります。
もりのぶ・しげき 法学博士。昭和48年京都大学法学部卒業後大蔵省入省、主税局総務課長、大阪大学教授、東京大学客員教授、東京税関長、平成16年プリンストン大学で教鞭をとり、17年財務省財務総合政策研究所長、18年中央大学法科大学院教授。東京財団政策研究所研究主幹。著書に、『日本が生まれ変わる税制改革』(中公新書)、『日本の税制』(PHP新書)、『抜本的税制改革と消費税』(大蔵財務協会)、『給付つき税額控除日本 型児童税額控除の提言』(中央経済社)等。日本ペンクラブ会員。