
2025/12/12
人口減に伴う食料需要減が想定される日本で、農業の持続的活性化を図る有力な方途が農産物・食料品の海外輸出だ。日本食への関心の高まりとともに、輸出額はこれまで順調に推移してきた。が、さらなる拡大に向けては競争の激化、海外の消費者ニーズの把握等、乗り越えるべき課題も多い。今回、杉中淳局長には輸出の背景となる農業経営の状況も含め、幅広い観点から解説してもらった。
輸出・国際局長 杉中 淳氏
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減少する農業分野への投資
――農産物の輸出も、まずは生産基盤が盤石であってこそ、と思います。この点、局長は現在の農業と生産現場の概況について、どのようなご所感をお持ちでしょうか。
杉中 農業現場における最大の問題は、やはり生産者の急速な減少です。2023年段階で基幹的農業従事者は116万人で、05年の224万人の約半分、しかも65歳以上が全体の7割を占めるほど高齢化が進んでいます。
また、数ある農産物の中で兼業比率の高い品目は米と果樹なのですが、今後はこの兼業農家が専業農家に比べより早く減少し、30年までに兼業農家数は現在の4割くらいに急減するとも想定されています。兼業農家は集落の重要な構成員であり、基本的に国に頼らずに営農されている方々ですので、こうした方々が大幅に減るということは地域社会存立、農業生産維持に大きな影響を及ぼすと懸念されます。
――どのような影響や状況が考えられるでしょうか。
杉中 農業法人が効率的な農業運営を行うには農地が集約化される必要があります。小規模単位の農地や田圃が個別分散した状態では離農した農地を借りたり買ったりするにも、限界があります。米に関しては小規模兼業農家が減るのと相対して数百ha規模の農業法人が現れるなど、現在は兼業主体から専業の大規模法人への切り替わりの時期にあるものと思われます。とはいえ現状としては、将来に向けて農業生産に不安が生じているのは確かです。
――減少の原因は諸々あろうかと思いますが、近年多発する自然災害を機に離農したり、原材料や燃料・肥料等の高騰が農業収益をさらに圧迫していると聞きました。
杉中 いずれ農家を畳もうと思っていたところ、被災を契機としてそれが早まった、というケースは少なくないと思われます。その背景にある現象として近年、農業分野における投資が著しく減少しています。果樹では新しい苗木を購入して植えない、米では新しい農業機械が壊れたらそこで農業を引退、こういうケースが各地で見られます。農家が高齢化するほど、確かにこれから新たな投資をするのを躊躇う気持ちもよく分かります。後述する農産物輸出において、果樹は高値で売れる人気の生産物なのですが、実は各品目のうち生産自体が最も減っているのは果樹なのです。文字通り収穫まで時間がかかる上に労力も要する、ならば自分の代で終わり、それまでできるだけ作って売ろう、という意識が働くのも無理はありません。
合理的な価格形成に向けて
――高値でよく売れるのに作らないとは、およそ経済原理から外れた状況ですね。
杉中 昨年改正された食料・農業・農村基本法にも盛り込みましたが、これからは農業分野でも合理的な価格形成を行うべきです。中小・零細企業の多重下請け構造が問題視されていますが、農産物でも限りなくそれに近い構造があって、農業における元請けは消費者なのです。
――なるほど、小売価格を基準に下請け価格、つまり生産価格が決まっていくということですね。
杉中 はい、長期にわたり店頭で低価格が固定化され常態となってきたが故に、生産現場では原料や燃料のコストが高まるなかでも、価格を上げられず収益が圧迫される、この構造が日本の農業が弱体化される大きな要因です。ことに円安の昨今、輸入に依存する肥料や飼料の値上がりは著しく、小売価格が10年前、20年前のまま、というのはそもそも無理があります。
――サプライチェーン全体で価格にコストを反映する必要があるところ、小売価格だけ不変ということはあり得ないわけですね。とはいえ大手メディアも、米の価格上下を日々クローズアップする報道に終始していたように思われます。
杉中 生産段階でこれだけ原価がかかったのだから、流通から小売までの過程でそれぞれコストを分担していかねば適正価格で取引できない、こうした交渉をしていけるよう生産現場が声を挙げていくことが求められます。
もちろん農業者サイドにおいても、長年コスト管理の意識に乏しいという問題がありました。この経営感覚の希薄さが適正な価格形成に結び付かない一因かと思います。かといって、かつての食管制度のように政府が農産物の価格を決定する時代でもありません。やはりフードチェーン全体で適正な価格を形成するために協力していく、そういう体制が必要なのだとわれわれは考えています。
個別農家がコスト管理に習熟していないのは他の国でも見られる傾向ですが、一方で米国の大規模農家などは自身で先物市場に参与する場合もあります。しかし日本では農協の買い取り価格に沿う場合がほとんどで、なかなか下請け的な考えから脱しきれません。
――それは日本的な職業倫理感というか、農家は商人にあらず職人のように黙々と良い作物を作るのが本分、といった伝統的美意識が働いているように思われます。
杉中 ご指摘の通りで、それが大きな問題点でもあります。これは後述する海外市場の開拓にも同様の意識が見られますが、良いものを作れば黙っていても高く評価される、という意識のままでは収益も上がらず競争にも勝てません。
競争に勝つには経営マインドを
――こうした停滞状況からの活路となるのが海外輸出、というわけですね。
杉中 はい、この現状を踏まえて将来を展望すると、縮小していく日本市場より、海外市場で農産物の競争をしていくことが不可欠です。海外市場で売り上げが拡大する将来展望が開ければ新たな投資も期待できるでしょう。
――現在の、農産物輸出はどのような状況でしょうか。
杉中 2024年の輸出実績は1兆5071億円で、前年比530億円、率にして3・6%の増加となり、中国・香港市場の落ち込みを、2ケタの伸びを記録した米国・台湾・韓国市場がカバーする形で、総じて多くの国・地域で堅調な伸びを見せました。
――やはり日本の農産物は人気があるようですね。
杉中 とはいえ、日本の米はおいしいから海外ですぐ売れる、というわけでは決してなく、これからは今まで以上に売り込みに汗をかき、競争に勝ち抜いていかねばなりません。
その代表的な例が、パックご飯です。
――日本国内では順調に市場が伸びているそうですね。やはり海外でも同様でしょうか。
杉中 米国市場では韓国産のパックご飯が人気を博し、急速に売り上げを伸ばしています。価格帯は日本の商品の半分から3分の2ほどなので価格競争で負けています。しかし韓国は日本よりむしろ物価の高い国なので、韓国の方が効率の良い生産ができているということだと思います。日本が輸出競争に打ち勝つには、価格競争力があり、かつ安定した収益を確保できる体制を作っていかねばなりません。それには定量を定価で市場に供給できるような、企業的な経営マインドの導入が必要だと思います。同時に海外市場の動向や消費傾向なども研究し販売にも注力しなければ、海外競争相手に後れを取り、適正な収益の確保につながりません。ブドウのシャインマスカットなどはその好例です。
また、日本の場合は量を生産・供給できないのが難点です。
――狭い国土、少ない農地、が原因でしょうか。
杉中 はい、米国のスーパーマーケットから農産物や食品を発注される場合も少なくないのですが、広い売り場を満たすだけの量を供給できず、注文に応じきれません。それに対し、ならばわれわれが供給を引き受けましょう、と広大な農地をもつ中国などが売り込みに入る、という構図になります。現に中国・貴州省銅仁市は今や〝中国抹茶の都〟と自称するくらい広大な茶畑が広がっています。
知的財産課長を務めた身から申しますと、日本は良い品種をつくるのですがそれを守るという意識に乏しく、請われれば惜しみなく教える、独占は不徳という伝統的共有意識を持っています。これは日本の農業者の美徳の表れではありますが、地域内農業ならともかく対外的には競争相手に塩を送るような結果になりがちです。
――ここまでお話を聞くと、日本の農業は国内外を問わず、生産と消費の連携が取られず、乖離しているように感じられます。
杉中 そうですね、これは農協をはじめとする卸・流通の特性によるところも大きいと思いますが、農家は生産に集中すればよい、売るのはお任せという構図がこれまで続いてきました。しかしマーケット・インの発想が必要な時代になると、生産サイドでも消費者ニーズを把握するなど、販売までの一貫した働きかけが不可欠となります。他方でソーシャルメディアを上手に活用する生産者も増えてはきていますが、全体の傾向としてはまだまだ消費動向とは疎遠な状態です。
――そうすると農産物輸出に関する局長の評価としては、まだまだ伸びしろがあると?
杉中 はい、過去10年間の輸出政策は基本的に成功でした。が、もう一段高く次のステージにステップアップするには、よりシビアな競争に勝ち抜いていくために売り込み先を増やす、つまり新たな市場の開拓が必要です。海外各都市での日本食レストランの増加など、たまに外食する対象としては定着しましたが、家庭で日常的に調理される水準にはまだ遠いのが現状です。日本ではおそらくほとんどの家庭でパスタのゆで方、食べ方を知っていると思いますが、米国で米を炊飯器で炊いて食べるという家庭は非常に少ないのではないでしょうか。
確かに現在、堅調に推移しているとはいえ、日本の農業と食品産業の合計生産額約50兆円台半ばに対し、輸出総額は1・5兆円、率にして2%ほどにとどまっています。他の輸出先進国ではおよそ20%くらいですので、まだその差は大きい。
そのため日本としては30年段階で、額で5兆円、率で総生産額の約10%という目標を掲げており、それは越えていかねばなりません。そのうち米は24 年段階の136億円を、30年には922億円とするよう目指しています。