
2025/12/10
――企業の海外進出であればジェトロ(JETRO=日本貿易振興機構)が各種対応の窓口となっていますが、農産物の場合はどのような組織が主体となるのでしょう。
杉中 ジェトロの活動分野には食品輸出が主要な柱として位置付けられており、基本的にはジェトロに政府が協力しながら輸出振興を図る、という形になります。が、それでも海外輸出先進国の組織体制に比べるとまだ機能が弱い、これが正直なところです。
米国には農産物貿易事務所(ATO)という専門機関があり、日本の東京と大阪にそれぞれ出先機関を設けています。その事務所に牛肉など各品目団体の関係者が訪れ、日本での販売戦略について情報収集などを行っています。また団体の関係者は日本のスーパーマーケットチェーンなどを隈なく周るなど、非常に熱心なセールス活動を展開しています。対して日本は品目のアピールとしては限定的なイベントを打つくらいで、なかなか米国の流通網に進出し交渉できるような体制構築までには至りません。また他国に置かれているジェトロの事務所にも駐在の人員が乏しく、農産物専門の窓口を設けていないところもあるのが現状です。
――その点は、関係省庁一体となって体制強化を図るべきですね。また産学官連携が求められると思います。
杉中 米国の食肉輸出連合会(USMEF)は、日本の市場調査を徹底的に行い消費者の嗜好を分析、その調査結果を畜産業者にフィードバックして、日本人の好みに合う肉質の牛を育てるよう要請するなど、ニーズを基準に育成段階まで遡って輸出戦略を図る、という方策を採っています。
日本ではプロダクトアウト的発想がいまだ主流で、ニーズへのリサーチに基づく遡及的な戦略の実施は、まだまだ及びません。これは畜産に限らず米など他の農産物に関しても、ほぼ同様の構図です。農産物の品質は優れていても、現地消費者の好みに合う調理法などを提案するような売り方はなかなかできていません。
――ルートセールスなどは、米国のビジネスマンの方が、日本よりずっときめ細かいのですね。
杉中 はい、そのぶん日本でも改革・改善の余地は多々あると思います。
――その点は、JA(全農)などが組織的にマーケティングに乗り出す等、既存の組織体系が担当する可能性などは。
杉中 品目によって注力の状況が異なります。果樹などは地域の生産農家が集まって生産部会を結成し、皆で海外輸出に取り組もう、という動きが各農協で多く見られます。それに対し例えば米は各農家の収穫は大規模に集荷されるため、出荷後どこへ売られるのかといった関心が希薄、従って生産農家同士で連携し輸出していこうという機運が高まりません。この点、ある程度の規模を持った農業法人等が、独自で海外輸出を図る傾向にあります。
――なるほど、同じ地域でも生産品目とその農家ごとに輸出振興に向けた熱量の差異があるわけですね。
杉中 そのため、生産地域で品目の別なく輸出に熱心な生産農家の連携を作っていく必要があります。その方式ですでに輸出が活性化している青森のリンゴのような先例がありますので、それをモデルに他の生産者が続く形が望ましいですね。一方、農協は地域の生産者に対し売れる品目を作るよう指示できる立場にありませんから、やはり生産者側の自発的な意欲から始まります。
高付加価値化への販売戦略
――前出の目標達成に向け、新たな国・地域の開拓や品目の注力などの方向性はいかがでしょうか。
杉中 米に関しては、おいしい食べ方など付加価値をつけた販売戦略を取っていくことが一案です。9月上旬、小泉進次郎農水相(当時)が、海外輸出振興を念頭に冷凍寿司など米の加工品について試食会を行ったのはその第一歩です。米はやはり単価が安いのが難点ですが、こうした高品質の加工品は価格もある程度高めに設定できる一方、まだアクセスできてない家庭層が中食として購買するなど新規需要増が見込めるため、品目として有望視されています。このように、海外の需要に併せて多様な加工品を開発すれば、まだまだ可能性が広がると想定されます。
また、新たな需要の喚起に向けた努力も求められます。牛肉なども、米国の料理法はもっぱらステーキが多く、食べるところが特定部位に偏っているため、日本のようにさまざまな部位を食べる焼肉などを調理法としてもっと提案するとか。
そのほか、加工品という点では果実を使ったお菓子などをアピールすると面白いと思います。ただその場合、規制の問題がネックになるかもしれません。
――といいますと?
杉中 例えば加工品製造において、日本では紅麹やクチナシなど自然由来の添加物を使用することが多いのですが、これら日本特有とも言うべき添加物は、輸出相手国ではリスク評価されていないため、安全性が評価できない場合が多いのです。リスク評価の上で基準をクリアした品目しか輸入できないのは、国際的な食品規格CODEX(コーデックス)によるルールであり、日本も準拠しておりますが、自然添加物としては自然由来ということで特例扱いになっています。このため日本でつくったお菓子はほとんど海外の添加物規制を満たせないために輸出できません。輸出を図るには海外各国の規格をクリアできる添加物で製造しなければならず、これでは中小製造業者はとても対応できません。
――日本らしさが障壁の主因になるとは。規格のグローバルスタンダード化、これは大きなテーマですね。
杉中 日本でも、海外からリスク評価できないものを輸入して消費者が受け入れるとは思えません。他方で、新興国市場でお菓子やスイーツが受け入れられる素地は広いと思われますから、確かに添加物と規格の問題は考えていくべき課題です。
食料システムの概念を導入
――冒頭で出ました、改正食料・農業・農村基本法のポイントについてお願いします。
杉中 一つは「国民一人一人の食料安全保障」の理念をしっかり明記したことです。これは、国際的には食料安全保障とは、自給率で表される国全体の供給だけでなく、国民個々が適切に食料にアクセスできているかという観点が重視されていることから、同基本法でも柱として位置付けました。過疎化が進む地域では小売店が減り公共交通が衰退して〝買い物難民〟が増加、またわが国は先進国では相対性貧困率が高く、健康な食生活を送れていない人・家庭が少なくありません。つまり食料の量的確保だけでなく国民のアクセスの確保まで考えていくべき時代になったのです。
次いで「環境と調和の取れた食料システムの確立」です。農業は自然環境との親和性が高いのですが、世界的には農業は環境に負荷をかける産業であるとの考え方が主流となりつつあります。それ故、農業生産の今後を考えると、改めて環境との調和を見つめ直す必要があります。
三つ目は「農村の振興」です。農業人口の急減により持続的生産の基盤はもちろん、農業を支える農村の存続が危うくなっています。草刈りや水路管理などの農業インフラに手が回らなくなり生産への影響が懸念されます。公的支援や民間活力なども考えていかねばなりません。同基本法では他の事項も指摘されておりますが、大きくはこの三つが主たるところです。
――これらの点だけでも、農業の方向性を変え得る大きな転換ですね。
杉中 要するに、食料システムという概念を取り入れたことが重要なポイントです。これまで生産と流通が分断していたところフードチェーン全体という形で捉え直し、また各段階で役割が分かれていた既存の組合・事業者の組織形態を、海外の牛肉の団体、小麦の団体のように生産から販売まで一本化する方向へ見直していくことを念頭に置いています。
――ありがとうございました。
(月刊『時評』2025年11月号掲載)