
2026/09/08
日本の医薬品産業は現在、大きな環境変化に直面している。進展する高齢化に対応するため、革新的かつ医療ニーズの高い医薬品の開発、そして安定供給は国民生活の安心・安全を支える基盤となる。同時に、創薬力の強化に向けた産学官連携によるエコシステム構築はわが国の重要な戦略課題であり、さらに再生医療の推進は国際社会においても注目を集め、実用化への期待が高まりを見せている。こうした医薬産業振興の現状と展望を、森真弘氏に語ってもらった。
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日本は薬をつくれる数少ない国
創薬を中心とする医薬品産業、特に特許を取得した先発医薬品市場は、毎年10%近い伸びを見せる世界屈指の成長産業として注目を集めています。この点は米国トランプ大統領および総務長官も、米国に必要な産業は二つ、医薬品と半導体であると発言しており、成長のけん引力だけでなく経済安全保障の観点から自国保持が欠かせない産業として、この二つを位置付けているのです。
これは日本もまったく同じ状況で、医薬品のサプライチェーンを強靱化しておかないと、いざ地政学的リスクが発生した時に日本で必要な医薬品がつくれない、患者さんが手術を受けられない、という事態が発生しかねません。従って、成長産業であると同時に経済安保の観点からも、創薬は今後一つの重要なキーワードになっていくだろうと想定されています。
まず、医薬品産業の国際的な状況について。世界の売上高上位製品に占める新興企業のシェアにおいて、国別起源比較を見ると、2014~20年に新規ランクインした76品目のうち、やはり米国が41品目で圧倒的シェアを占める一方、日本も10品目で2位につけ、以下に欧州が一ケタ台で続くという構図になっています。つまり日本は、世界の中でも薬をつくれる数少ない国だということがお分かりいただけると思います。
また、世界市場における日本メーカー創出品の状況ですが、品目数などはむしろ伸びており、この点からも日本は薬をつくれることを示しています。しかし世界全体の品目数シェアでは10%ほど、売上高シェアは9%ほどと、どちらも13~14%台だった以前に比べ低下傾向をたどっています。なぜ低下しているのか。一つは薬価も含めて新しいイノベーションを評価する量が減っていること、もう一つは、近年の新薬はかつてのメーカー発の時代から、今ではスタートアップによる創出品が急増し、日本はそこにキャッチアップできていない点などが挙げられます。ただ、日本は数少ない創薬国としてこれまでいわゆる〝ブロックバスター〟こと売上高10億ドル以上の製品を数多く生み出しており、25年の上位100品目ランキングでも、18品門がランクインしています。総じて言えば、まだまだ創薬力は健在であるものの、実際の開発力を製品につなげ切れていないのが現状だと言えるでしょう。
新規モダリティへの対応が課題
その主因が、近年の医薬品がバイオ、再生・細胞医療・遺伝子治療などの新規モダリティにシフトし、そこに日本が対応できていない点にあります。これまで医薬品は化学化合物が多数でしたが、近年の売上ランキングトップ10の医薬品は、第2世代バイオ医薬品と呼ばれるタイプが多数を占めており、そのほとんどが欧米企業の創薬で占められています。それに対し日本国内で生産されているバイオ医薬品は全体の15%に過ぎず、今後の市場対応の動向が懸念されるところです。ここで必要な投資を行うなど適切な手を打たないと、将来日本で革新的な薬がつくれなくなってしまう恐れがあります。
薬がつくれないとは何を意味するのか。日本で治験が取れず、やがて一流の医師、研究者、技術者が海外に流出してしまい研究開発資源が枯渇、そうなると常に欧米から医薬品を供給しなければならず大変なコストを要するようになるでしょう。これは医薬品に限らず、他の重要製品にしても自国で製造できなくなったらいずれ海外から高額で輸入するしかありません。
日本の医薬品開発における最大の弱みは、製薬企業とアカデミア、ベンチャー等が協力し合うエコシステムが十分に構築できていない点にあると言われています。製薬企業にはシーズを創薬まで開発する力はあるものの、近年ではそのシーズを見出せていません。対してアカデミア・ベンチャーは良いシーズを発見する能力やデータを有しながら、それを自前で薬の開発、そしてビジネスまで持っていけるわけではない。例えば新薬は既存の薬と比較してどれだけ治療効果が高いか証明しない限り商品としては売りようがなく、そのプレゼンテーション力がアカデミア・ベンチャーに大きく不足しています。従ってアカデミア・ベンチャーと製薬企業の連携だけではなく、両者をつなぐ資金調達手段を含め、一つのエコシステムとして構築していく必要があると考えられます。
創薬エコシステム発展支援事業
薬の治験は1~3まで層を分けて行うのですが、新薬としての開発目途が6~7割経った段階、すなわち事業化に向けた各フェーズにおける〝ミドル〟あるいは〝レイター〟と呼ばれる段階では、600~1000億円規模という莫大な費用が掛かります。そこに30%のリスクを背負って資金提供してくれるファンドの仕組みが、現在の日本には足りていません。また、大学でシーズができた段階で、スタートアップやメーカーなどビジネスベースに移行させる橋渡しの機能が少ないと指摘されています。
そこで厚生労働省では、この橋渡しを行う創薬エコシステム発展支援事業を設け、必要な支援を実施しています。またミドルやレイター段階で費用が不足している場合は、経済産業省が創薬ベンチャーエコシステムとして総額3500億円の支援スキームを整備しています。
例えば令和7年度の補正予算では3300億円、国庫で言えば1800億円分の補正を組みました。前述の創薬フェーズにおける初期段階〝シーズ・アーリー〟の支援に向け、革新的医薬品等実用化支援基金事業として約480億円の基金を積んでいます。この基金を使いベンチャーキャピタル(VC)がスタートアップを支援すると次の〝ミドル〟フェーズへ進める、という内容で、つまり必要なステップを踏めば事業化の目途がつきそうなスタートアップを、伴走支援する枠組みとなっています。
もう一つ、創薬関係のクラスターキャンパスを形成するような事業を展開しています。米国シリコンバレーなどにはクラスターが形成され、スタートアップ同士が連携や相互支援しながら知識・人材・技術を融合させており、これを日本国内でも形成するべく、人材育成や機器類の共同利用などを通じて支援する事業です。