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激動する世界経済と国際的政策対応

米国の難局と中国の資金流出

(資料提供:財務省)
(資料提供:財務省)

 各国はどのような政策を打ってこの状況に対処しようとしているのか。多くの国々では財政と金融を平常時の状態に戻す作業に取り組んでいるのですが、必ずしもうまくいっていない国もあります。

 例えば、米国バイデン政権が掲げた公約のうち、5年で5500億ドルを新規歳出するインフラ関連法は成立したものの、10年で3・5兆ドル規模の「ビルド・バック・ベター法案」(気候変動対策・教育、社会保障関連法案)は上院で成立せず、現在は予算規模を1・7兆ドルに縮小する案が出されていますが、やはり成立の見通しが立ちません。中間選挙を控えて、政権は苦しいかじ取りを迫られています。

 とくに、GILTI(GlobalIntangible Low-Taxed Income=米国外軽課税無形資産所得)の実効税率引き上げが通過成立しないと、昨年秋に合意した、国際社会における100年ぶりの租税改革合意が水泡に帰してしまいます。つまり米国がGILTIを行うと掲げたからこそ欧州も合意に納得したわけですので、米国内でGILTIを通せない、ということになると大変ややこしい状況に陥ります。

 米国政策の中では、対立が加速している対中政策も大きなポイントです。今年5月26日に行われたブリンケン国務長官の演説は、米国の価値とヘゲモニーを守るために中国による挑戦に対し闘い続けることを鮮明にしましたが、これは基本的にトランプ前政権の内容を踏襲しており、米国内での対中政策は完全に国内コンセンサスになっていると言えるでしょう。

 対する中国の経済動向ですが、2022年の成長率に関しては5・5%という実現不可能な目標を掲げているものの、今年の政府活動はあくまで安定を最優先し、その安定の中で前進を図るというのが当面の目標となっています。これは習近平体制に変動が起きない限り容易いものです。その中でわれわれが注目しているのは、「共同富裕」という経済政策です。社会主義の下、所得の再分配政策の強化等により、経済成長に伴う経済格差等の歪みを是正し、社会の安定性と経済発展の持続性を高める方針のことを指すとされています。まさに毛沢東や鄧小平を超えて歴史に名を遺すための鳴り物入りの政策なのですが、中国の経済格差の現状を鑑みると、政策理念としては正しい方向だと私は思います。

 しかし、格差是正、機会均等などの方針に加え、金融リスクの抑制、独占排除や 情報統制等を目的に、不動産・教育・IT等の分野に対する規制を強化するという手に打って出たのですが、事業縮小等の影響をもたらし市場心理を悪化させました。ひいては企業の資金調達コストを引き揚げ、投資を減少させる可能性もあります。中国でも巨大ITが党にとって脅威となり得る規模に成長しているため、格差是正を掲げて規制強化を図ったという解釈もありますが、その結果、外資はどんどん中国国内から撤退するという事態を招きました。また不動産税や相続税などが正式に導入されていないなど税制改革が進んでいないため、実際には「共同富裕」政策は上手くいっていません。ともかくも経済・雇用の安定へ若干の揺り戻しがあるようですが、いずれにしても中国経済は今後非常に危ういと言われています。

 さらに米国の利上げによって、中国債金利を米国債金利が上回るという、過去になかった現象が生じたことで、海外勢による中国債保有額がどんどん減り大規模な資金流出が発生しています。

マーケット・金融政策

 インフレに基づいた金融政策とマーケットはどうなるのか。アメリカは、おそらく多くの人が言うように、去年の時点でもう少し早く引き締めればよかったのかもしれませんが、それができず、しかもロシアによる侵攻があったので、もうインフレを放置していては止まらない状況になってしまった。そのため、急速に押さえ込むということを今やっています。直近の会合で政策金利を0・75%引き上げたところ、次の会合でも0・50%か0・75%引き上げるとの予測がされています。

 しかしさらに重要なのは、今の利上げよりも今後どうするのかということです。中央銀行の理事たちの予想や、あるいはマーケットが織り込んでいるブレークイーブンなど、色々な統計がありますが、それで見ると3~4%まで上げるだろうと見込まれています。しかも相当先までやるかもしれないと。何が大きいかというと、アメリカの中立金利は、通常時は大体2・5%から3%でやるもので、それを超えるというのは、とにかく力で抑え込むという姿勢なんですね。そのため、今は皆それに気付いて、しばらくアメリカの金利が上がると想定した事をやっています。

 他方で、より直近の動きには、逆にそこまでやると景気が冷え込み、早ければ今年の秋から冷え込むという見方も出てきています。場合によっては、もう完全に景気が崩れるだろうと。そうすると、逆にドル売りになるのではないかというのも入ってきて、今は非常に方向感がない状態に陥っています。従って、マーケットも過去にないぐらいに変動幅をもっています。

 今何パーセントの利上げをするかより、それより先でどうなっていると見込むかの方が重要です。来年ぐらいになったら落ち着くだろうという話がありますが、そうではない。他方、逆に景気が壊れて早く下げていくという新しい話も出てきているので、非常に矛盾したベクトルがあるということです。

 よく20年ぶりの円安と言われます。金利差については足元から見ると少し乖離がありますが、日本と世界の成長率の差、それを反映したインフレの差、それを反映した金利の差というのを内需に相関させているという風に見る人もいます。先程説明した変更というのはこのことです。やはり金利を上げていくと、当然、今までのバブルアセットがなくなっていきますので、株が下がるのは当然で、アメリカが金利を上げれば自動的にドルも上がるという風にはならないのではないかという見方が増えています。その背景は、要するに消費者や生産者といった皆がどのように感じているかということなのです。製造業についてフィラデルフィア連銀製造業景況指数の動きを見ると、アメリカにおける景気感の悪化が読み取れます。次に消費者に関してミシガン大学消費者マインド指数を見ると、消費者心理もどんどん悪くなっている。さらにプロの見方について、ブルームバーグ調査のデータを見ると、1年以内にアメリカの景気が後退すると見るエコノミストは、当然、少し前までは0だったのが、今は3人に1人が1年以内にアメリカの景気が崩れるのではないかと見ている。これは非常に大きな変化です。

 これからどうなるかなんて私は言いませんし、正直分かりません。だからマクロ経済運営は本当に難しく、それもあって、われわれは毎日のように、日米欧・G7で議論をしているわけです。

債務問題と途上国支援

 債務問題が世界で一番の問題です。ロシアによるウクライナへの侵攻やインフレ、食糧問題、エネルギー問題とありますが、これらと並ぶかあるいはそれ以上に重要な問題で、5月にドイツで開催されたG7でも大臣たちが一番時間をかけて議論したのが、この債務問題です。債務再編のための多国間での枠組みを改善しなければならない。特に中国が協力してくれないのですが、中国が協力しないとどうにもならない。アジアでもスリランカが破産してしまいました。ですからこれも喫緊の課題で、何とかしなければいけない。ちゃんと債務を処理するためには、債務データの透明性が必要であると、そのような話を推し進めているところです。

 国際保健は、日本が中心となって非常に頑張ってきたテーマです。日本が初めてG20で開催した財務大臣・保健大臣合同会議も続いていますし、それからわれわれはずっとパンデミックに対し、日頃からの予防や備え、対応が必要だということを言ってきました。グローバル・ヘルス・アーキテクチャーを作るという試みを進めてきて、今回のG7会合では、世界銀行に新しい基金を設立することが合意できました。ワクチンの問題についても日本は頑張っています。

 低所得国支援に関しても、世界に新しいルールを作ることに成功しました。レジリエンス・アンド・サステナビリティ・トラスト(RST)という仕組みができました。これは専門的で複雑な話ですが、一言で言うと、SDRという人為的に創られたリザーブマネーを使って融資の流動性を高め、途上国を支援しようというというものです。

 債務問題に関してですが、昔は途上国に対する債権の管理は、先進国が中心のパリクラブが扱っていました。ところが、現在では圧倒的に中国が最大の貸手になってしまったので、中国を巻き込まなければいけない状態になっている。しかし、中国は情報開示もせず、公平な債務救済を妨げています。先進国の前に中国に返すといった不透明で不公平な契約を結んでいたり、あるいは返済が滞ったら港を乗っ取るというような債務の罠もあるので、何とかしなければいけないと議論を重ね、ようやく共通枠組みというのを、中国を含むG20で合意しましたが、なかなかうまくいかない。最初は破綻したザンビアやチャド、エチオピアに関して始めたのですが、残念ながら機能しないので、今一生懸命中国に協力するよう働きかけており、G20でもこれが最大の問題になります。中国の持つ債権のシェアは、昔は0%だったのが、今では途上国に対する債権のうち2割以上になっています。中国の融資契約の特徴として、秘密保持、つまり他の国に内容をもらすなというものや、ノン・パリクラブ条項、先進国には返すなというようなもの、実質担保、契約解除条項など、極めてユニークというか、われわれにとっては困るような条項がたくさん入っているわけです。

 以上は債務の問題についてですが、日本は途上国を支援するお金を新たに出す方でも、大きな貢献をしています。IDAというのは、世界銀行の中の、貧しい国を対象とした世界最大のファンドです。昨年末に、財務省ではIDAの第20次増資を実施したのですが、これは3年に1回行うものであったのが、コロナのために2年間で3年間分のお金を使ってしまったために、1年前倒しで実施したものです。これをやらなくてはいけない、というのを当時の麻生大臣が言って、日本で資金を集めるプレッジング会合を実施したところ、過去最高の930億ドルを集めることに成功しました。

 さらに、このIDAの重点政策として、日本が強みとしているユニバーサル・ヘルス・カバレッジに加え、栄養改善、教育、防災、サイバーセキュリティ、不可債務の問題といったものを世界の途上国支援として組み込むことができたので、非常によかったと思っております。