お問い合わせはこちら

最近のインド情勢と日印関係/外務省 堤 太郎氏

◆外務省南西アジア政策最前線

つつみ たろう/昭和51年6月25日生まれ、東京都出身。東京大学法学部卒業。平成11年外務省入省、26年国連日本政府代表部参事官、29年ドイツ大使参事官、令和2年内閣官房副長官秘書官、4年8月より現職。
つつみ たろう/昭和51年6月25日生まれ、東京都出身。東京大学法学部卒業。平成11年外務省入省、26年国連日本政府代表部参事官、29年ドイツ大使参事官、令和2年内閣官房副長官秘書官、4年8月より現職。

 国際社会が不安定化の度を増す中、さまざまな観点からその動向が注目されているインド。間もなく世界最大の人口大国となると予測され、また地政学的にもその立ち位置が、今後の国際秩序の在り方に大きな影響及ぼす可能性が考えられる。そうしたインドの現在を理解し、日本との関係性を展望するため、堤課長に最新動向を解説してもらった。

外務省アジア大洋州局南部アジア部南西アジア課長
堤 太郎氏


世界第一の人口大国へ

 今回は、不安定化する国際社会において政治・経済的動向が注目されるインドの情勢と、今後の日印関係についてお話してみたいと思います。

 インドは広大な国土、人口に基づく巨大な市場等を背景に、グローバル・パワーとして台頭してきました。具体的な数字的概要を列挙してみると、まず2021年のGDP成長率は8・7%と中国の同8・1%をしのぎ急速な経済成長を遂げています。面積自体も日本の9倍に相当し世界第7位、人口は23年に14億3000万人に達し中国を抜いて、巨大な中間所得層を抱えた世界第1位の人口大国になる見通しです。そのため一人当たりGDPはまだ低いものの、国の名目GDPは約3兆1734億ドルで既に世界第6位、アジアでは3位に位置しています。複数の国境紛争を抱えつつもユーラシア大陸の中央という地政学的に重要な位置を占め、例えば東アジア諸国は中東や欧州と物流を図る時インド洋を避けては通れません。また146万人の兵力を有し、国防予算は651億ドルと一定規模の防衛力を擁しています。

 なにより、言論の自由が保障されている確立された民主主義国として認識されており、安定した内政運営に加え、選挙結果を国民が受け入れ順調に政権交代が行われる、さらにこれは南アジア地域では稀有なことですが1947年英国からの独立以来一度も軍事クーデターが起こっていません。現在、2世、3世を含めると3000万人ともいわれる印僑、すなわち在外インド人がおり、米国では3世まで裾野を広げるとインド系が450万人いるとされています。今ではG20のメンバーであることなども背景に、年々国際社会で発言力を増している、という状況です。

 政治状況としては、2019年に任期5年で再選されたモディ政権2期目の過程にあり、与党インド人民党(BJP)のもと極めて強い統治を行っています。

 もちろん重要課題もあり、中でも「宗教、地域、カーストの対立を超えた協調的社会の実現」は政権が対応を迫られる課題の一つです。人口比1割ほどながらそれでも世界有数のイスラム教人口を抱え、EUより少し小さいくらいの国土に多様な民族、多様な言語が内包され、インドの伝統的身分制度カーストも社会に根付いているなど、各種対立要素がある中で協調的社会を実現していくためには、政権として極めて難しいかじ取りが求められます。各種公約のうち製造業振興、農民の生活向上、雇用確保等は未達成であり、これをどう実現していくかも問われるところです。コロナ禍によって2020年度の経済は大きな打撃を受けたものの、GDPは既にコロナ以前の水準まで回復、しかしそこへロシアによるウクライナ侵攻が物価高、消費の落ち込み等の影を投げかけました。そこで22年度予算は大規模な増税をせず、前年比6・4%の財政赤字を許容し、経済回復優先姿勢を維持しています。

モディ政権は経済においても「自立したインド」の重要性をことあるごとに指摘しています。ただ、反面、「自立したインド」実現のために輸入制限や規制強化など自国産業の保護政策を打ち出す一方で、グローバルなサプライチェーンのハブとなることも目指しており、こういった二つの政策の方向性をどう両立させるのか注目されるところです。

(資料:外務省)
(資料:外務省)

国民感情と経済依存が相克する対中関係

 経済に関しても中国との関係がインドに大きな影響を及ぼしています。後述する2020年6月の中印国境衝突を受け、モディ政権は政府調達における国境を接した国の入札者への事前登録受付を打ち出しました。これは日本を含めWTOの政府調達協定を結んでいる国々ではおそらく実施不可能とも思える措置です。私が現地で感じた限りでは、日本国内における中国への厳しい視点以上に、中国に対するインド人の警戒感は強いように思います。一方、インドにとって中国は最大の輸入相手国であり、21年度の中国からの輸入総額は941億ドルで前年度から約45%も増加するなど、経済面では依然として緊密な関係にあります。

 インドへ進出している日系企業の動向を見ると、やはり20年度はコロナの影響で進出企業の約半数が営業赤字となりましたが、21年度は約6割の企業が営業黒字へと回復しています。ただ、冒頭申し上げた巨大市場でありながら、日本企業のインドへの進出状況は近年横ばい続きです。これは複雑な制度体系やインフラ整備状況などが新たにインドに進出することへのハードルになっていると目されており、今後の改善が必要です。

 こうした背景のもと、モディ政権による経済政策の今後の見通しとしては、引き続き公共投資を中心とした景気刺激策による経済成長を企図すると目される反面、通商・産業政策の保護主義化も継続して強化していくでしょう。また、多国間の経済自由化政策には今後とも否定的であろうと思われる一方、外国資本を呼び込むためサプライチェーンの強化を含むIPEF(インド太平洋経済枠組み)には参加を表明しました。この一見方向性の異なる政策を今後どう進めていくかが注目されます。

 さらにその先、長期的動向を展望すると、やはり人口ボーナスを背景に、2050年までは年間平均で約5%の成長を続け、中国の58兆ドルに続く世界第二位となる約44兆ドルのGDP規模に達すると想定されています。株価も22年10月に過去最高値を更新しており、基本的にはこの先も明るい見方ができると申して良いでしょう。その成長の中心となるのはGDPの半分以上を占めるサービス業です。対して農林水産業の比率は低下傾向にあります。また長年、第二次産業が脆弱と指摘されていることから、モディ政権下は製造業振興策が今後も続くと見込まれています。

関連記事Related article