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最近のインド情勢と日印関係/外務省南西アジア課長 堤 太郎氏

域内は二国間、主要国へは全方位

 外交面についてはどのような状況か。

 まず国境を接する近隣国との関係ですが、南アジアでは抜きんでた圧倒的な存在を背景に、各国と個別に対応する二国間主義、および隣国第一主義を選好する傾向にありますが、近年はこれら近隣国に対し軍事的・経済的影響を拡大させる中国の動きに、強い関心を抱いているように見受けられます。2020年9月にジャイシャンカル外相が発表した著作においても「インドの台頭は不可避的に中国の台頭と比べられることを認識し、自国の台頭のナラティブを上手く発信する必要がある」との記述があります。

 一方、主要国との関係についてはどうか。域内近隣国との関係とは異なり、主要国との全方位外交を展開しています。特定のイデオロギーに偏らない、バランスの取れたネットワークを構築しているとも言えます。基本的にインドはかつての米ソ冷戦期にもいずれの陣営にも属さずに中立を保っており、現在も引き続き〝戦略的自律性〟を貫徹するという姿勢を鮮明にしています。それ故に特定の場面や分野で立場の相違が生じる場合もあり、それを如何に乗り越えて関係性を構築するかが今後の日印関係のカギとなるでしょう。

 前出の外相の著作でも、各国のミニラテラル、つまり有志国の集まりを重視し、かつその種類を問わない旨が明記されています。インド太平洋の枠組みとBRICs との関係性が両立するという「意見矛盾するアプローチは今日の世界を説明するものであり、流動的な世界においては重要性を増している」と。この率直な意見はインドの外交政策の根底にあるものであり、われわれとしても驚きではありません。同書はさらに「米国にエンゲージし、中国をマネージし、欧州を開拓し、ロシアを安心させ、日本を活用し、近隣諸国を引き込み、近隣諸国を拡大して伝統的な支持基盤を拡大することが必要」とも述べています。

 その中でも日印関係は「公平で安定しルールにコミットしたパートナー」「アジアで最も自然的な戦略的関係」と記しております。われわれとしてもそのような観点で日印関係を捉えられることは望ましいものと考えています。

主要装備品の7割を占めるロシア製

 個別主要国との関係を順に見ていきます。まずは米国。独立ほどない時期に今なお印パ国境紛争を抱えるパキスタンを米国が支援した歴史的背景もあり、しばらく米国との関係が良くない時期もありましたが、現在は安全保障、経済面を中心に良好な関係を築いています。日本、オーストラリアを含めたQUADはまさに、ミニラテラルの一環だと言えるでしょう。逆に言うとこのQUADも、インドが関わる他のミニラテラルの一つであってそれ以上ではないということもまた言えるのかもしれません。

 注目されるロシアとの関係ですが、前述の通り対米関係が良く無かった反動で、旧ソ連とは1971年の印ソ平和友好協力条約をはじめ、冷戦期の旧ソ連時代から長らく伝統的協力関係を続けてきました。2000年以後年次首脳会談を実施し、今でもインドが年次首脳相互訪問という枠組みを設けている国は日本とロシアだけです。2010年には「特別かつ特権的戦略パートナーシップ」を発表、また21年12月には露印「2+2」(外務+防衛会談)を実施しました。インドが「2+2」をQUAD以外の国と行ったのは初、そして今のところ唯一です。

 実際に軍事では、ソ連時代から主要装備品を調達し、現在も装備品輸入の約5割、現在保有する装備品に至っては約7割がロシア製といわれています。兵器とは購入して終わりではなく当然メンテナンスを要するため、インドとしてロシアとの関係を良好に維持させておくインセンティブとなるであろうということはしばしば指摘されるところです。インドとしても米国から1割余りの装備品を輸入するなど装備品輸入の多角化を進めてはいるのですが、それでもロシアの装備品の占める割合は未だ高いのが現状です。

 他方、ロシアとの経済関係は大きくはなく、インドの貿易高に占める割合は1・3~1・6%程度です。ロシアからの主たる輸入製品は鉱物性燃料、鉱油等で輸入全体の約40%を占めているものの、ウクライナ紛争の発生前の時点では、インドのエネルギー輸入先においてロシアは全体11位、シェアの2%強を占めるに過ぎない状態でした。

 このような状況を背景に、22年2月のウクライナ問題が発生したわけです。国際社会においては国連を舞台に、いかにロシアの行動を非難するか、改善を求めるかという決議を求める動きが起こりましたが、そこでインドは一貫してそれらの決議を全て棄権しています。インドとして国連の場でロシアの行動を擁護、あるいは理解するような発言はありませんが、一方で非難もしない、というスタンスです。ロシアによるウクライナ侵攻後、インドの姿勢に疑問を呈する国際的な論調もありましたが、このような印露関係の延長線上に今回のインドの対応がある、というのが率直なところです。

 それでも、先日の(9月の)露印首脳会談でモディ首相からプーチン大統領に「今は戦争の時ではない」と懸念を表明する場面があり、これは映像としては一定のインパクトがありました。ただ、発言内容自体はインドが従来から言ってきたことであり、また、表明されたプーチン大統領も特段感情を動かした様子には見られませんでした。公式な場ではなく水面下では、印露間でさまざまなやりとりがあったのかもしれません。

 片や中国との関係は現在、非常に厳しいものがあります。2020年6月、カシミール地方で中印軍が衝突し、インド側の発表によると死者20名とのこと、死者の発生は1975年以来、45年ぶりのことでした。この際の衝突地点については本年9月に兵力引き離しが中印間で合意されましたが、今なお一触即発の状態が続いています。インド国内では対中製品のボイコット、合計220に及ぶ中国系スマホアプリの禁止などの措置が講じられました。が、前述の通り中国との経済関係は依然として緊密です。そのような難しさが、先程のジャイシャンカル外相の「中国をマネージする」という表現に結び付いているのかもしれません。

(資料:外務省)
(資料:外務省)

結び付きを年々強化している日印関係

 最後に、肝心の日印関係について。こうした諸々複雑な背景の下、日本とは国際政治の状況によって関係の推移はあるものの、おおむね一貫して良好な関係を維持しトナーシップ」を築き、安全保障・経済面での関係性を飛躍的に強化させています。06年の合意に従い、14年以後は首脳の年次相互訪問を実施しており、日本にとってインドは「自由で開かれたインド太平洋」実現のための重要なパートナーである、と言えるでしょう。岸田総理も、外相時代にはモディ首相と計4回会談したのをはじめ、22年3月には総理就任後、初の二国間公式訪問として訪印しました。この時は、モディ首相自身も限られた首脳としか行っていない1対1の夕食会も実現するなど、非常にエポックメイキングな訪問となりました。続く5月には、東京で日米豪印首脳会合および日印首脳会談も実施されました。そして9月に開催された日印2+2閣僚会合の共同声明では、日本の抜本的な防衛力強化の決意を前提に、そうした日本と安全保障分野で協力するという姿勢をインドが示しました。これは同分野における両国の今後の関係を進める上でも重要なポイントだと思います。

 経済面では、インドは日本の最大級のODA供与国です。現在、旗艦プロジェクトとしてインドの地に日本の新幹線を走らせる高速鉄道事業を推進しているほか、日本企業の重要な進出先となっています。また、わが国は最近インド北東部の開発に力を入れており、日本がこのエリアに集中することについてインド政府から高い評価を得ています。それでも日本の対インド民間直接投資は年間4101億円(21年)ですので、これをもっと増やしていきたいところです。まずは今後5年間で、ODA等も含め官民での対印投融資5兆円を目標とすることで両国一致しています。またデジタルパートナーシップ、ICT分野、グリーンエネルギー分野など新たな分野においても協力を推進しています。ODA対象国ではありますが、ICTなど特定分野では非常に優れた技術を有していますので、そうした分野で今後どのように協力を推進していけるかが中期的な課題となります。

 さらに22年は日印国交樹立70周年という重要な節目の年でした。これを機に、まだまだ発展の余地の大きい人的交流にも促進の気運が高まっています。特に、日印間の訪日外国人旅行者数、在日留学生数、地方自治体間交流などは、例えば日中間と比べてもまだまだ大きな差があるため、これをどう強化していくかが大きな課題だと言えるでしょう。人的交流は両国関係において今後さらに重きをなすと思われますので、われわれとしても力を入れていきたいと考えています。
                                                  (月刊『時評』2023年1月号掲載)

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