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特集:持続性ある能登の復興を展望する/座談会

すがの たく/昭和57年生まれ、大阪府出身。京都大学農学部卒業、同大学院農学研究科修了、大阪市立大学文学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(文学)。平成29年公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構人と防災未来センター主任研究員などを経て、令和3年大阪市立大学大学院文学研究科人間行動学専攻准教授、4年より現職。本年1月より内閣官房防災庁設置準備アドバイザー会議専門委員等、公職多数。著書・論文多数。
すがの たく/昭和57年生まれ、大阪府出身。京都大学農学部卒業、同大学院農学研究科修了、大阪市立大学文学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(文学)。平成29年公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構人と防災未来センター主任研究員などを経て、令和3年大阪市立大学大学院文学研究科人間行動学専攻准教授、4年より現職。本年1月より内閣官房防災庁設置準備アドバイザー会議専門委員等、公職多数。著書・論文多数。

――菅野先生、学識の立場から、災害そして復旧・復興への取り組みを先生はどのような視点で捉えておられますか。

菅野 災害を社会問題として捉えた際の最大の特徴は、ある地域にごく稀にしか発生しないということです。大規模災害への対応は、自治体職員にとっては一生に一度あるかの経験です。従って、災害が起こった自治体は経験が少ないなか全力で対応にあたらざるを得ず、同時に、隣の自治体であったとしても被害が及ばなかった場合には対岸の火事で終わってしまいます。また低劣な被災者支援の状況などが世論を喚起するものの、報道の量は発災直後から減り続けていきます。

 つまり関心が一過性で、課題を生みだしてしまうような構造的な制度問題が解決されないままその後も存置されることになります。内閣府を中心とした国の対応も発災後の初期対応に重点が置かれ、その後しばらく経ってから表面化してくるような問題に対しては、あまり反省が無いまま残ってしまうという傾向にあります。

 結果として、道路や水道等のインフラを人口減少前の水準のまま回復したり人口動態を考えずに公営住宅を大量に整備したりすることを後押ししてしまう、まるで高度経済成長期のような復旧メニューばかり整備されています。それを能登のように被災以前から人口減少が進む地域に適用してしまう。つまり需要に対してインフラや公的住宅が供給過剰になる上、被災自治体ひいては地元住民にとって、その維持管理がかえって過剰な負担となるという事態を生みかねません。こうした現状をどう改めていけるかが、今まさに問われていると思います。

 また、災害対応が人を中心としたものにならない点も大きな課題です。被災者支援が避難所から仮設住宅、そこから公営住宅の順に対応が進むこと自体、やはり一昔前の施設中心の考え方で、そこから抜けきれません。平時は、独居の高齢者であったとしても、その人を中心にして健康状態や暮らしを捉えて、まだ自活できるうちは福祉サービスを活用しながら住み慣れた家で生活し、最後の段階で施設に入るという順序になるところを、避難所、仮設住宅、公営住宅と施設を設置していき、そこに収容していくような発想に傾きがちです。

――その点、先生が想定される改善への方途などがあれば教えてください。

菅野 「場所から人へ」と言いますか、手間がかかるように見えたとしても、やはり人を中心に据えて、その人の暮らし全体を見て被災者支援を実施していく方が、理にかなっていると思います。なぜなら、平時には個人のニーズや状態に応じるかたちで、主に民間からさまざまなモノやサービスが提供されることでわれわれは暮らしているのですから。災害時にいきなり行政が施設収容するようなやり方では被災者支援がうまくいくはずがありません。平時にはさまざまな物資や住宅の供給は人々のニーズに応じるかたちで民間が中心的に担っていますし、社会保障制度にもとづくケアサービスを現実に担っているのも民間が中心です。

 逆に言うと、行政には被災者支援を実施していくノウハウや専門性は蓄積されていません。被災者支援は、民間が保有する物資・サービス供給のノウハウや社会保障のサービスを供給するノウハウの延長線上で実施しないと、専門性を活用できず、うまくいかないはずです。人の暮らしを中心に据え、民間のノウハウも生かして、「餅は餅屋」で災害対応を実施していくことがポイントとなるはずです。

 平時の方法を災害時に延長していく、もしくは平時も災害時も良いというデザインをモノだけでなくサービスや制度に埋め込んでいくといった、「フェーズフリー」という考え方を防災の基軸にしていく必要があるだろうと考えています。

――そのようなとき、被災地域外からの意見やノウハウの活用が求められますね。

菅野 はい、災害が発生すると外部から人が集まってきます。そういう人々と何か新しいものをつくり、今後の持続可能性にどう貢献できるのか、これが能登の一つのテーマとなるでしょう。この観点から私自身も、石川県とともに取り組みを進めてきて、また今もその過程にあると考えています。先ほど浅野副知事より言及がありましたが、住宅の補修に何とか適切な予算を充当できないか、簡易水道や浄化槽の利活用を向上させて水の管理を低コストで持続できないか等々、今回の災害対応においては県庁からも働きかけていただきました。

NGOとの朝会で「ゴツゴツ」したリアル情報を収集

――現在、まさに復興局面において多角的な施策を展開中と思われますが、その内容について解説をお願いします。

浅野 能登半島地震からの復興を進めるために昨年7月に着任しましたが、2カ月後の9月21~23日にかけて奥能登豪雨災害が発生しました。ここで直面したのは膨大な土砂・流木・瓦礫の類をどう排除するか、でした。その対処は、菅野先生ご指摘のように、官民連携のある種〝極み〟でした。

 まずは豪雨が発生した現地が何に困っているのかを細かく把握することが先決です。そこで1月の地震発生以後、全国から奥能登の各地域に参集していた災害系NGO各団体、およびまちづくりを担う地元若手のNPO達を交えて、毎朝7時30分からオンラインの朝会を開き、各地の情報収集を行いました。

――現場からの率直な情報がもたらされたと察せられます。

浅野 そうですね。通常、行政機構の幹部まで報告される情報は、「現場の総合知」がまず担当部局ごとのタテ割りの「部分知」に分解されてから伝達されます。そして、職員たちが些末な不確かな情報は全部取り払い、体裁を整えきった形で報告されます。かくいう私自身、中央省庁でそうしたレポートを書く立場だったので。が、今度は「上げられた情報を読む立場」になると、読んでも現場の詳細がほぼ分からないことを知りました。必要なのは「ツルツルに磨きこまれた情報」だけではなく、枝葉末節そのまま、いろいろなノイズが削除されないありのままの「ゴツゴツの情報」も欲しいのです。だから朝会で集めた「不具合の情報」を関係部局にフィードバックする試みを続けました。この、豪雨後の石川県が実施したオンライン朝会の試みは、どうやら災害対策関連の方々から注目を集めているらしいです。

 もちろん現場からの情報は、その地域にしか起こっていない局所的な情報も多数含まれます。しかし、それらの個別情報を役所内で整えられた情報と突合してみると、状況把握が非常に明瞭になります。例えば、実施したはずの支援策がうまく現場に届いていない、県から市町村へ伝わる過程で内容が変容してしまい本来の趣旨のサービスになっていない等々さまざまな情報が寄せられます。県としてはそうしたリアルな状況が把握できて、それをもとに改善に向けて市町村をプッシュする、こうした効果的なオペレーションを取ることが可能となりました。

――具体的な事例などはいかがですか。

浅野 まず、輪島市町野地区は、堆積した土砂を排除するためのボランティア活動拠点がなく、被害が大きいのに空白地帯になっていたんですが、たった3日で官民連携の活動拠点をつくることができました。そして、朝会等でもたらされた情報を庁内で解析し、1日当たり「2万人分の人手が必要」と割り出して、「全国の皆さん、12月までに2万人/日分助けてください」と率直かつ迅速に宣言できました。具体的な数字を示すと、支援も集めやすくなります。たとえばNTTグループからは500人/日分くらいの人員を派遣してもらいました。2万分の500って、全く少なくない比率で効率的ですよね。

 こうして人の確保は円滑に進みましたが、今度は受援する側の限界を痛感することになります。

24年9月の豪雨災害被災状況(提供:石川県)
24年9月の豪雨災害被災状況(提供:石川県)

〝受援力〟の向上が不可欠

――受援、つまり被災地の方々が支援を受ける体制や受容力のことですね。

浅野 いくら瓦礫除去とはいっても他の地域から来た見知らぬ人が個人宅へ無秩序に入るわけにはいかない、どこの家を誰が何人で何時まで作業にあたるとか、中間でコーディネートする人が不可欠です。しかしその人材が不足していましたし、やはり外部からのコーディネーターを被災地がどう受け入れるかという問題が残ります。県としても中間部分の人的支援に全力を費やしましたが、その体制を形成し軌道に乗せるまでは、被災者の方々にとってもさらに疲れが増すような作業だったのは確かです。支援を受け入れる側の備え、体制、また外部からの多数の人を受容する地元の意識の醸成、これら総合的な意味での〝受援力〟向上が復旧・復興には欠かせません。

――他にも、朝会で寄せられた情報にはどのようなものがありましたか。

浅野 家屋からショベルで土砂を掻き出した後は、事業者の方が重機で運び出すわけですが、こうした堆積土砂排除事業に係る補助金は、土地が宅地なのか農地なのか、都市計画の区域内なのか外なのか、また排除対象は土砂なのか流木なのか等々によって、所管3省庁4補助金がバラバラに施行されていました。従って一つの土木事業者が堆積土砂排除を行うにあたり、土地や排除対象の種類ごとに分けて作業するという非効率を何とかしてほしいという声がありました。

 そこで、財務省と、同事業を所管する農水、国交、環境の四つの省庁にお願いして、被災地の地図に基づく面積按分してもらいました。地図で見れば宅地が何平米、農地が何平米かおおよそ把握できるので、これに基づきそれぞれ搬出された土砂を一カ所に集めて後で効率的に精算するという方式が採用されました。

坂井学防災相と共に豪雨被害の現場を視察する浅野副知事(提供:石川県)
坂井学防災相と共に豪雨被害の現場を視察する浅野副知事(提供:石川県)

――和倉温泉のような観光地の営業再開が、復興の一つの象徴のように発信される向きもありますが、これについては。

浅野 和倉温泉の地震からの完全復旧は3年がかりです。しかし当初、国の雇用調整助成金の支給は「労働者への悪影響があり、1年しか認められない」という話でした。代わりに在籍型出向を支援するので、和倉温泉から金沢以南の企業へ数年出向いてもらうことを提案されましたが、それだけでは和倉温泉で働く人などいなくなってしまいます。都市部に行ったまま地元に人が帰ってこないのは、東日本大震災で経験済みの話です。ですので、雇用調整助成金を特例で延長するよう厚労省とかなり交渉し、石破政権で認めてもらいました。

 また最近でも、「予備費の中から交付金でいただく」、しかも「交付金なのに基金化できる」という二重三重の特例を重ねていただく無茶をお願いしまして、能登創造的復興支援交付金を500億円措置していただきました。

――被災地に対し原則通りの制度運用では、機能しないということですね。

浅野 そうなんです。とにかく、災害対応と復興過程は「特例の上に特例を重ねる交渉」の繰り返しです。これらの措置は、今後も日本各地で必ず起こるであろう自然災害からの復興において、前例となる方策ですので、今回いただいた能登創造的復興支援交付金が有効活用された姿を国民の皆さまに提示したいです。このように昨年夏の着任からこの春までは、あらゆる特例をお願いし、実現に向けて汗をかいてきた期間でした。

菅野 まさに副知事がご指摘されたように、災害発生のたびに毎回特例を重ねていく、現状はこれに尽きると思います。その特例の引き出し方が上手い地域、自治体ほど復旧・復興も上手く進められると言えるのですが、あくまでも特例なので単発に終わり恒久的な制度にならないことも少なくありません。しかし、以前の災害ではこうした措置を講じたことで上手く機能した、という前例があれば今回も特例を引き出しやすくなるのも確かです。