
2025/06/10
森信 「新機軸」とは、官が主導する伝統的産業政策でもなく、新自由主義的政策でもない、この点が新しいということですが、他の主要国でもこのような政策で国内投資促進を進めているのでしょうか。
飯田 はい、米国バイデン前政権時に相次いで打ち出されたCHIPS法、インフレ抑制法がいずれも国内投資促進を狙った政策です。ホワイトハウスのホームページには米国の地図が掲げられ、そこには、バイデン政権になってこれだけ投資を呼び込みました、という実績が図示されていました。この方向性は、手法は違えど現在のトランプ政権においてもまったく同様で、関税政策を打ち出す一方で国内法人税を下げ、米国内への投資を慫慂(しょうよう)するという方策です。
EUも、24年9月に発した、いわゆるドラギレポートこと「欧州の競争力の未来」は、設備や研究開発も含め、EUへの国内投資を奨励する内容になっています。これら一連の政策はいずれも、特別国債を発行するなどして自国のイノベーションを支援する中国も視野に入れていると考えます。
森信 一方、日本では長らく経済低迷が続いていますが、そもそも日本経済の生産性が低下している主因は何でしょうか。
飯田 潜在成長率を要因分解すると、全要素生産性は他国とそれほど遜色ありません。一方、大きく異なるのは資本投入量です。特にリーマン・ショック以後、多くの日本企業は海外で投資を拡大していく一方、相対的に日本での投資は横ばいをたどってきました。
特に、企業の売上高に対する研究開発費の割合は、他国では増加しているのに対し日本は横ばい、しかも日本企業におけるOJT以外の人材投資はGDP比で諸外国と比べて著しく低い、という結果になっています。逆に言えば日本はOJT中心で、米国などでは労働移動する人に対しても投資しているのとおよそ対照的です。この投資劣後が日本における大きな課題だと言えるでしょう。
森信 日本企業の投資促進という場合、国内より海外投資指向が高まっていくという感じがしますが、それでいいのでしょうか。
飯田 そうですね、国内では既存設備を維持しつつも、海外投資を拡大することで安価な生産コストによる逆輸入を図り、また、地産地消として国内で既に確立した製品・サービスを他国に横展開することが可能となりました。この構図が、日本企業の現状を形成している主因の一つだと認識しています。リスクを抑えて利益を拡大するには、こうした既存事業を有効活用するコストカット型の稼ぎ方が、少なくとも短期的には合理的なものとして選択されてきた可能性があります。
われわれも産業界のご意見を傾聴しながら政策を展開していますが、それでも企業と政府、それぞれの目線の違いに応じて視点を分けるべきだろうと考えています。
森信 目線の違い、とは。
飯田 簡潔に申して、資本が最大化したいものと、政府が最大化したいものは、厳密には同一ではありません。政府は国民の生活の豊かさを追求するのに対し、グローバル企業や資本家は世界全体での収益追求とリターンの最大化を目的とするため、活動の拠点は日本でなくてもよいのです。実際に、世界各国の中で日本は米国に対する投資額が5年連続1位であるように、海外での投資拡大を継続しています。かつて日米間貿易摩擦の要因となった対米貿易黒字も、私が入省して以後最大時6割超にも達していたのが、今では5%台になり、同数字は世界全体でも7位です。経常収支で還元される直接投資収益の半分くらいは、再び現地国で投資に回されているため、日本国内にまとまった額が還流されません。
もちろん、海外投資を促進することは必要ですが、同時に日本国民の豊かさ向上に向けた国内投資に注力してほしい、とわれわれは考えています。
森信 わが国では2009年の改正でレパトリエーション税制(外国子会社配当益金不算入制度)を導入しましたが、日本企業は現地の利益を日本には持って帰らず現地にためています。
飯田 同税制は既に構築しているのですが、これは収益額全体の5%程度です。そもそもグローバル企業にとっても、日本国内でもビジネスで、収益をあげる環境が整備されないと資金を還流させるメリットがありません。国内経済が停滞しているから海外で収益を上げようとしているのであって、経済が低迷する国内に資金を戻すくらいなら従業員の給与も含めて、もっと海外に投資しようという方向になりがちです。
森信 それによってますます国内の生産性が下がるなど、悪循環になりがちですが、グローバル企業に資金を日本に返させるような政策をとるお考えはないでしょうか。
飯田 国内の投資環境を整備することが、還流を促す政策に該当します。この国内投資環境の整備こそが、冒頭にお話した〝ミッション志向の産業政策〟の主要なテーマになるのです。制度等で強制するのではなく、企業が収益拡大への合理的活動として国内投資を図るようにすること、これが長期的に最も効果的な対策だと考えています。
日本の将来を左右する半導体
森信 それでは各論についてお尋ねしたいと思います。まずは注目を集めるAI・半導体関連につきまして。AI・半導体産業基盤強化フレームは、償還財源を確保しつなぎ国債を発行するなど、複数年にわたる計画的な支援スキームになっています。GX投資スキームもそうですが、将来の財源確保を前提に政策を行うという点で、米国のペイアズユーゴー原則をまねた従来にない手法であると私は評価しています。
飯田 ありがとうございます。政府はAI・半導体分野にも2030年までに6兆円程度の補助および委託費等と4兆円以上の金融支援による計10兆円以上の支援を行い、官民合計約50兆円の関連設備投資を誘発し、これにより半導体生産等に伴う約160兆円の経済波及実現するよう目標を設定しています。これに関しては、長期的に半導体に取り組む重要性を踏まえ、枠組み構築にあたっては財政当局とともに二人三脚で取り組んできました。
6兆円の内訳としては、2・2兆円を財政投融資から、1・6兆円を基金からの国庫返納金や政府が売却を進める商工組合中央金庫株の売却収入等の充当、残り2・2兆円はGX経済移行債の活用等で確保、等々の財源を組んでいます。森信 いよいよ北海道千歳にあるラピダスの2027年量産開始を控えていますが、過去に日の丸半導体が没落した経験がありますので、一気呵成ではなく慎重に進めるべきとの意見もあるようですが、この点の所感はいかがでしょうか。
飯田 確かに最重要プロジェクトの一つですが、それ故にわれわれも日本で半導体が低迷した背景について五つの要因を明らかにするなど、同じ轍を踏まないようじっくりと検討を進めてきました。それでもリスクは常に内包されているので、過去の失敗を糧にこれを乗り越え、何としても成功に導く必要があります。
森信 すでに言わずもがなですが、それほど半導体の重要性が高まっているわけですね。
飯田 はい、半導体はスマートフォンやドローン、自動車、家電などあらゆる電子機器を動かすための必需品です。逆に言えば今や半導体無くしてはありとあらゆるものがつくれず、ほぼすべての産業が成り立ちません。同時に、半導体の性能が製品の性能に直結します。このように半導体は社会・経済を支えるデジタルインフラの基幹品であり、わが国が直面する社会課題であるグリーン成長や少子高齢化等の解決にはデジタルが欠かせない以上、必然として半導体が日本の将来を左右する存在であると言えるでしょう。
しかし日本は現在、先端半導体を中心として、その供給を東アジアなど海外からの輸入に依存している状態です。従って供給が途絶した場合に日本が被る経済的損失は極めて甚大になると見込まれ、経済安全保障の観点からも国内で半導体供給能力を確立・強化することが喫緊の課題です。この状況は他国でも変わらず、米国、ドイツなど製造業の盛んな国では半導体の供給確保と自国生産に力を入れています。
森信 しかしデジタル化を推し進めると、電力需要が増大すると予測されていますね。
飯田 その点も半導体の進化と利活用促進によって、需要増大の抑制が期待されています。現状の技術水準のままでは今後、確かに電力需要は急増しますが、例えば微細化により3nm(ナノメーター)のロジック半導体は、同40nmに比べ同一計算量当たりの電力消費量を約40分の1に低減することが可能です。つまり電力消費効率が従来比で約40倍となり、こうした先端半導体を多く使えば使うほど省エネ効果が高まるのです。
こうなると半導体とは申せ、従来型の半導体とはもはや別の存在、すなわち〝半導体であっても半導体ではない〟と言え、これを制する者が産業の核心を制することになります。