
2025/06/10
森信 では、今年2月に打ち出された「GX2040ビジョン」の概要についてお願いします。
飯田 全体像としては、DXの進展や電力需要の増加の影響など、将来見通しに対する不確実性が高まる中で、GXに向けた投資の予見可能性を高めるため、より長期的な方向性を示す、という内容になっています。
平たく申せば、DXが進むとこれに同調して電力需要が増える、先ほど先端半導体を活用すれば省エネに資すると申しましたが、なにぶん将来のことでどのような展開になるかわからない、そうした不透明な状況の下で国内外からの投資を呼び込むのは容易ではありません。
もちろん、ただ電力を供給すればよいのではなく、非化石・脱炭素電力の供給が十分であること、そうでないとどちらにしても国内外の産業界は日本ではなく他国に向かうことでしょう。従ってキーワードは、不確実性の中で脱炭素電源をどう確保していくかという点であり、それは同時に課題そのものとなります。
森信 現状、脱炭素電源と言えば再生可能エネルギー、原子力、水素、アンモニアにほぼ集約されるのでは。
飯田 はい、これらの各種電源に対して投資を促すような仕組みをつくること、さらにはデータセンターに脱炭素電力を供給するというより、供給可能な地を選定してデータセンターを立地する、という発想も含めて産業立地を考えていくことになります。このとき日本国内だけでなく、AZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)の枠組みを通じ、アジアはもとより世界の脱炭素化に貢献していく方針です。
森信 今後10年間で20兆円規模とされる「GX経済移行債」ですが、先ほど述べたように新しいスキームで評価すべき点が多くある一方で懸念もあります。それは特定財源的なスキームなので、使い残しが発生すると他の分野に流用するなど資金の無駄遣いが生じる恐れが懸念される点です。一部には、日本では最先端の環境対策技術を有する企業がそれほど多くないため資金が使いきれないとの指摘もあるようでして。
飯田 現段階で大部分の使途については、製造、運輸、くらし、エネルギー、その他分野横断的措置などの項目に分けて一定の目途を立てています。ただこの場合、ポイントとなるのはやはり投資、つまり不確実性が高まる中での予見可能性をどう見極めるか、という点です。従来、官民共同で取り組むような重要分野の推進において産業界から指摘されるのが、予算が単年度であるため、長期のコミットできない中でプロジェクトに同調していくのは難しい、という問題です。
森信 その課題にはどのように対応を図るのでしょうか。
飯田 一つは基金を設け必要に応じてストックを使えるようにすること、もう一つが国債を発行して資金を確保するという方策です。現に今でも、国庫債務負担行為(国が金銭給付を内容とする債務を負担する行為)で資金確保を約束しているのですが、いかんせん単年度のシーリングでは国庫債務負担行為でも手当てできません。
しかし今回のGX投資のように、従来の単年ではなく、例えば三年間でトータルこれくらい、という予算枠を確保することで、産業界の投資や研究開発費を引き出しやすくなるわけです。私が以前手掛けたGI(グリーンイノベーション)基金2兆円(設置時)では、日本が強みを発揮できる分野に対して、単年ではなく長期にわたって国が支援していくという仕組みを作りました。
森信 とはいえ、GXの資金を野放図に使われても困りますね。
飯田 はい、そのためGXの財源は毎年財務省に要求し、査定を受け、国会の審議を経ることとしています。また、審議会を設け、有識者のチェックを受けた案件が対象となるような仕組みを構築しています。このように、重要分野で資金も豊富だからといって、ルーズな使途を許容するわけではありません。
森信 いずれにしても透明性の確保や政策効果のEBPMが重要、ということですね。
飯田 ご指摘の通り、毎年厳正なEBPMをかけていくべきだと思います。例えば分類された投資分野各項の中で、結果として資金が使われなかった項目が生じたとしても何ら問題ありません。毎年チェックをかけて、やはり投資としては効果が薄いと判断されれば、そのまま使われないケースも考えられます。このようなチェック機能がはたらくことによって、かなり有効活用されるのでは、と考えています。
森信 排出量取引制度に関し、一定の排出規模以上事業者の参加が義務付けられるようになったとか。
飯田 はい、2月25日の閣議で改正「GX推進法」案が決定されました。4月初旬段階で法改正案は国会審議を待つ状態ですが、この中で、CO2の直接排出量が年間10万トン以上の事業者は、2026年から始まる排出量取引への参加が新たに義務付けられます。
森信 これはどこで取引するのですか?
飯田 新しい取引所をこれからつくることになります。
森信 私は今回のAI・半導体強化スキームに関し、ぜひご検討いただきたいアイデアを持っています。イスラエルでは、スタートアップが実施する研究開発活動に政府が補助金を出す場合には、コンディショナルローンの形をとっており、支援を受けたプロジェクトが商業化に成功した場合、 支援額に低利の金利を加えた金額に達するまで 、売上の3%から5%をロイヤリティとして課すことができます 。支援対象プロジェクトが産み出した知的財産が多国籍企業等の他企業に売却される場合には、最大で支給額の6倍を知識移転チャージとして課すこととしています。これは、国からの補助金でも出資でもなく、AIや脱炭素など重要政策分野で成功したスタートアップ等からロイヤリティを払ってもらう、という仕組みで、是非わが国でも検討していただきたいと思います。というのは、出資金にすると、また国が口を出すのか、という批判が生じかねませんので。
飯田 そうですね、多額の国費を投じるわけですから、確実にリターンを取っていくにはどうすべきか、ご提案いただいた事例も参照しながら検討してみたいと思います。
中堅企業は地方経済活性化の主体
森信 では中堅企業政策についてお伺いします。冒頭、大企業の海外進出が著しいという解説をいただきましたが、一方で多くの中堅企業が国内・地域の拠点として事業展開しています。
飯田 その通り、従業員数2000人以下、そこから中小企業を除く、いわゆる中堅企業は売り上げも国内投資も伸びており、ある意味国内経済の成長最も大きな貢献をしてくれる存在です。さらに着目すべきは、地方に多く立地していてしかも従業員数や給与総額の伸び率は大企業を上回るなど、まさに地方経済活性化の主体でもあります。従って、成長する中堅企業が今後も国内投資を拡大し続けられるような成長戦略を描けるかどうかが、日本経済の持続的な成長において決定的に重要となります。
そこで本年2月、中堅企業の役割や課題、官民で取り組むべき事項をまとめた「中堅企業成長ビジョン」を策定しました。同ビジョンをもとに、関係省庁の施策を再編し、中堅企業成長促進パッケージを取りまとめ、中堅企業等地域円卓会議を通じて重点支援企業を選定し、施策の効果を全国に広げていくつもりです。
森信 中堅企業等地域円卓会議というのは、イメージとしては地方商工会議所の会頭・副会頭クラスが中心に?
飯田 もう少し一般的な会員も対象になるかもしれません。
森信 事業承継税制なども関係するのでしょうか?
飯田 後継者難の事業者も対象という意味で、M&A実施時の税制優遇がそれにあたります。他にも設備投資支援等、焦点を絞った補助や支援が必要だと考えています。
森信 中小企業についてはいかがですか。
飯田 年間売り上げ100億円を目指す中小企業に対し、やはり設備投資を中心に「中小企業成長加速化補助金」を用意しています。この制度を打ち出して以後、多くの企業から利用したいとの声をいただいています。
森信 最後に、この対談の掲載段階では始まっている「2025大阪・関西万博」について、PRなどお伺いしたいと思います。
飯田 日本で行った過去2回の万博、すなわち1970年大阪万博、2005年の愛知万博こと愛・地球博に比べ、158の参加国は過去最多、しかも参加各国が自由にパビリオンを設計できるのは、70年大阪万博以来55年ぶりなのです。愛・地球博のときは日本国際博覧会協会により建設されたパビリオンの外装・内装・展示のみを参加国が仕上げる形でした。
また建築物の目玉である大屋根リングは一周約2キロメートル、高さ20メートル、内径約615メートルの規模を誇り、世界最大の木造建築物として先ごろギネスブックに認定されました。このリングの内側に、〝分断する世界をつなぎ、多くの国が多様であるが一つの場に集う〟という理念を体現すべく、各国海外パビリオンが集約されています。
加えて、初日に有名なアーティストのライブを行ったのをはじめ、ほぼ毎日いずれかの国のナショナルデーを開催しては世界の要人が訪れるなど、切れ目なくイベントや大規模なショーが続くのも大きな見どころになっています。
もう一つ重要なのが、会場におけるビジネスマッチングです。
森信 産業界からは、新興国とのコミュニケーションを取る機会として関心が高いそうですね。
飯田 逆に民間パビリオンに出展している企業ブースでは、国内だけでなく海外の関係者に先端技術等を広く発信するなど、今後のビジネスにつながる好機と捉えているとのことです。実際に、これほど多くの海外関係者が一堂に会する場面で、ロボットやAI、デジタルやモビリティ、GXやヘルスケアなど現在そして今後、国際社会共通の課題となりそうなテーマについて、解決へ向けた技術を提示する機会はそうはありませんから。
同時に万博には、地方自治体からも多数、出展しています。海外からの万博来場者に各自治体の魅力を発信し、さらにそこから直接各県へ誘客できるよう、旅行代理店にチケット設定のご協力などもいただいています。逆に日本の来場者が海外パビリオンを見学して各国への関心を高め、実際に海外旅行へ出かける契機となれば、まさに万博は地方と世界を結ぶハブの役割を担うことになります。
森信 チケットの入手方法は今、どのようになっているのでしょう。
飯田 会場やパビリオンへの円滑な入場のためしばらくの間オンラインでの事前購入だったのですが、開幕前には旅行代理店やコンビニでの当日券購入も可能になりました。だいぶ購入しやすくなっていると思います。ともかくも、各パビリオンの壮大さは実際に行ってみると目を見張りますので、まずは一見に如かずと思って是非ご来場ください(笑)。
森信 万博は私も期間中に2回行く予定です。本日はありがとうございました。
インタビューを終えて
飯田次官の印象は、「ザ・経産省、ここにあり」というものであった。高い熱量をもって、理路整然と進められるお話には、人を引き込む力がある。温かい人間性も漂ってくる。トランプ関税問題という難局を任せられるお人だと感じた。ご活躍を期待したい。
(月刊『時評』2025年5月号掲載)